第七十二章 ランザース爺の特別料理
ジャンヌの言っていた”ランザース爺さんの料理屋”は、港と向き合うように、フォークに刺さった魚の巨大な看板と共に存在していた。中は狭い店だったが、外に大人数用の席があった。
「ランザース爺さん! 帰ってきたぜ!」
マウロが声を張り上げる。
「その声は……マウロか?」奥から老人があらわれておどろいた風に駆けて来た。そうして、マウロに近寄るとその顔を触りながら、「良く帰ってきたなぁ、ここを出ていって何年になる?」
「十年だよ、爺さん」
「そりゃあワシも歳を取る訳だ」と、ランザースは豪快に笑った。「ところで、なんでまた帰ってきたんだ? しかもこんな大勢で。もう両親もいないだろう」
「実はな、爺さん。俺、クォーツ国で銃士になったんだ。その上、王位継承権第一位の姫様の護衛として世界を回って来たんだ」
「王位継承権第一位の姫様!?」
やはりランザースもすっとんきょうな声を上げる。当たり前だ。
「ほら、」
と、マウロはアイリスを引っ張り出し、両腕を掴んだ。
「はじめまして、クォーツ国の王女、アイリス・ド・ラ・マラン・クォーツです」
突然つき出され、アイリスは戸惑った様子だった。ジャンヌの時の威厳はどこに行ったんだ。
「これはこれは姫様。こんな辺境へようこそ。クォーツ国は聞いた事がある。とても緑豊かな国だと」
「ありがとう、ランザースさん」
と、アイリスが手をさしのべる。ランザースがシワだらけの手でその手を握り、
「アラン・ランザースです。料理屋を経営していてね……兎に角外になるが席に着いてくれ。水をもって来るから」
と、店の奥に向かった。
「ここの料理は絶品だぞ?」
椅子に座ると、マウロが自慢げに言った。
「本当に?」
マウロと向かい合わせに腰かけたアイリスが尋ねる。
「俺の国じゃ、秘境グルメの中で一二を争う競合店なんだ」
「なんだよ秘境グルメって」
と、俺の隣でオリヴィエが問うた。
「余り人が行かないような場所になぜか店を構えて、料理が絶品って店の事だろ? ボクも本で読んだ事がある」本も出ているのか?! 俺とオリヴィエは顔を見合わせた。本当に初めて聞いた。「まぁ、でも国ごとに出版しているから、結構ローカルな冊子だよね。だから、このお店は知らない」
と、フランシスは続けた。それは少し残念だ。
と、そこに水を持ったランザースがあらわれた。
「メニューはこの日捕れた魚介類を使うから、決めてないんでな。ただ、苦手なものがあれば配慮するが……」
「大丈夫よ、特に無いわ。みんなも無いわよね?」
アイリスは言った。他の皆も、苦手はない筈だ。彼女の言葉に、頷いている。
「わかった。取っておきの料理をご馳走するぜ」
「ありがとう」
「姫様の為の特別メニューだ」
庶民の味が口に合うかわからないがな、と、ランザースは言った。
「旅で今まで色々な料理を食べてきたから、ある程度は慣れた筈よ」
と、アイリスは笑った。その向かいで、マウロは酒のメニューを見ている。
「おいマウロ」と、すかさずオリヴィエが言った。「昼間から飲むんじゃないぞ」
「なんだよ良いじゃねぇか」
「ボクは料理次第かなー」
と、フランシスが向かいからメニューを覗きこむ。
「御者がいなくなるではないか」
オリヴィエが言うと、
「隊長が御者をやればいいじゃんか」
「そうだな」
フランシスとマウロの言葉に、オリヴィエはため息と共に俺を見る。俺は飲む気はなかったが、少し彼が憐れに思えた。
「隊長、飲みたいんですか?」
と、耳打ちすると、オリヴィエは小さく頷いた。この大酒飲みめ。
「わかった。御者は俺が務めるから、皆飲んで良いぞ」
俺は言った。
「私はいらないわ」と、アイリスが言う。そうして、「また、御者席に乗せてくれる?」
首を傾げる。もう、断れる訳ないじゃないですかー。
「どうぞ」
俺は答えた。
そうしている間に、料理が運ばれて来る。
「まずは白身魚のカルパッチョとムニエルだぞ」
ランザースが軽く食べ物を紹介する。薄く残る皮から見て、カルパッチョは鯛のようだ。
「ランザース爺さん、ついでに葡萄酒を三人分!」
と、マウロが酒を頼んでいた。
「美味しそうだな……」
新鮮な魚は海の近くの町か、王侯貴族のみの食べ物だ。船に乗った時も食べられたが、山間の国となると、本当にしめ鯖くらいなものだろう。
箸で魚を取り、口に運ぶ。淡白な魚に、ふわりとレモン、オリーブオイルの味がする。懐かしい、故郷の大陸の味だ。同じようなものでも、やはり、各大陸で味が違うようだった。
「あー、帰ってきたんだー」
と、フランシスが叫ぶ。その気持ち、わかります。
ムニエルは鮭のようだ。バターと醤油の味に、パセリが隠れた引き立て役となって、いい味を出している。
「やっぱりランザース爺さんの飯は最高だ!」
と、マウロが奥に向かい声をかける。
「ありがとな」
奥からランザースの声が聞こえた。
その後、いく品かの料理が出、すっかり満腹になった。
「美味しかったわ」
オリヴィエが金を払っている姿を見ながら、アイリスは言った。
「ねぇ」
と、フランシス。
「秘境グルメなだけあるだろう?」
誇らしげにマウロが言葉を紡いだ。秘境と言うところが玉に瑕だが。
「行くぞ」
金を払ったオリヴィエが出て来、全員揃った事を確認すると、再びマウロを先頭に歩き出した。
漁村の前まで来て、酔っぱらいの猫さんたちが馬車に乗り込む。俺とアイリスが御者席に乗り、馬車は走り出した。
「どこに行きましょうか?」
オリヴィエのように、俺は尋ねる。
「父の妹にあたる、私のおば様がいる国があるの。そこに寄りたいわ」
アイリスは言った。
「山間ですか? それともこの海岸線に?」
「山間の国よ。メラルダの国と言うの」
「わかりました」
と、俺は手綱を握った。
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