第七百十七章 桜のスコーン?
「桜のスコーン?」
それを片手に取りながら、アレットは尋ねた。
「あぁ。厨房に桜の塩漬けが残っていてな。ちょうど良い季節だ、だから作らせたのだ」
「成る程」
頷いたのはフレデリックだ。アレットはクロテッドクリームをスコーンに乗せ、さっそく口に運んだ。
「美味しい! 桜の香りが口の中で広がって、塩に漬け込んだならではの塩辛さがちょうど良いわ!」
「本当?」
と、エルも聞いてくる。
「桜を食べるのが、私初めてで……」
確かに、桜をメインにした料理は少ないのかもしれない。この世界に桜餅、もしくは道明寺があるとは信じがたい。
「私も、桜の塩漬けなんて初めて食べるわよ?」
チャレンジャー、アレットは胸を張る。
「おいおい、そんなに格式張ったものではないぞ? 市場に行けば、絹の道から遥々やって来た国外産の桜の塩漬けが簡単に売っている」
ルドルフは言った。その発言に、エルが目ざとく、
「市場に、いつ行ったの? あなた」
訝しげな目線で夫を見た。
「私が妊娠している時かしら?」
「い、いや。それはだな……」
ルドルフは言い淀む。妊娠している間に外へ出たのだな。その時だった。
「わいが、お連れしたんです。つわりに効く良いエルフの薬指などが売っていないか、ルドルフはんが悩まれておりましたので。市場にならあるかもしれないと。せやから、許してたってや」
アランが、言葉を継いだ。
「ルドルフ、私の為に……?」
泣ける話じゃないか。夫が、愛する妻の為に庶民の行くような市場へと出向く……。エルも、若干声が潤んでいる。
「あ、あぁ。そうだ」
照れ隠しのように紅茶を飲んでルドルフはその場を紛らわした。
「そう言えば、二人の赤ちゃんは元気?」
オレンジジュースを飲みつつ、アレットは公爵夫婦に問いかけた。
「えぇ、健やかに育っているわ。琥珀色の肌をしているのよ? お医者様のお話によると、南国の血と、北の大陸の血が混ざって琥珀色の肌になったのですって」
今まで久しぶりのお茶会に緊張していたようだったエルが、饒舌に答える。
楽しめているようで、なによりだ。
「私は産婆のナタリー曰く、お乳の出が悪いから、乳母を雇っているの。ジョエルと言って、とても優しい乳母よ? それに、乳兄妹もいるの」
「乳兄妹!?」
アレットが大声で立ち上がる。よほどおどろいたのだろう。
「アレットは、いなかったの?」
逆にアレットは聞いてくる。
「いたかもしれないわ……」
彼方の記憶を辿るように、アレットは俯く。やがて顔を上げ、
「いえ、母のお乳で育ったわ。身の回りの者に、赤ちゃんを産んだものがいなかったと言う理由で」
確かに乳母とはそう言うものだ。それでは、ジョエルはどのようなコネクションで王宮に走り込んだのか……むむむ、気になる。
「シャルル、なに神妙な顔をしているのさ。まるで本に出てくる探偵のようだよ?」
フランシスに指摘され、俺ははっと我に返った。
「すまん、ありがとう、フランシス」
「気にしないで良いよ。ボクが切られた時に傍にいてくれたお礼かな」
ずいぶんと昔の事をおっしゃいますな。懐かしい。あの時は、まだマウロも銃士隊副隊長ではなかったな。しかし、あれにはおどろいた。あんな脳筋でも副隊長になれるのか──アイリスからの信頼だろうか?その時、不意に疑問が湧き、フランシスに聞いてみた。
「マウロが銃士隊副隊長になる前に、副隊長はいたのか?」
すると彼は、
「ん? いないよ? オリヴィエ隊長が副隊長から昇格してからね」
と、答えた。そうか。少し納得。
間も無くアフタヌーンティーセットも空になる。小さなお茶会の、終幕だ。
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