第七百十六章 お茶会の始まり
「大丈夫だ、俺たちも今来たところだ」
と、シンプルな黒いヴェスト姿のルドルフは言った。漆黒のそれは、彼の黄金の髪を、更に引き立たせる。本当に今来たばかりのようで、テーブルの上にはなにも乗せられていない。
そう言えば、貴族の間で銃士風のファッションが流行っていると聞いていたな。
「久しぶり、アレット」
エルは頬笑んだ。
「久しぶりね、エル」
椅子に座りながら、アレットは言った。
「その後、調子はどう?」
これは恐らく産後の心配だろう。
「えぇ、大丈夫よ。ローザも元気だし……」
「そうよね、もうお母さんなんだものね」
召使いがやって来るのをちらと視線に捕らえ、アレットは続けた。
「本当に今来たばかりだったのね。紅茶も、珈琲もないもの」
「たまには俺を信用してくれ、アレット」
ルドルフがそれを聞いて苦笑する。アレット自身としては、恐らくフレデリックがルドルフにとても懐いている事に不満なのだろう。いや、そこは兄弟愛と言うものですよ、アレット様。
日の射し込むサンルームはやはり温かく、一足早く春に咲く花々が咲き乱れている。春バラや、ブライダルヴェール等々……。もっとも、花に興味のない俺には関係のない事なのだが。
ブライダルヴェールは、絵美の好きだった花だ。だから、覚えている。
「フレデリック皇太子殿下、ルドルフ公爵様、エル様に、アレット様。お飲み物はなにになさいますか?」
召使いがここで飲み物の注文を聞きに来たと言う事は、本当に皆が集まったのだろう。
「たまには、オレンジジュースが飲みたいわ」
と、アレットは言った。オレンジジュース。俺も飲みたくなってきた。帰りにマーケットへ買いに行くか。あそこはなんでも揃っていて、品物選びに苦労しないのが良いところだ。
「私は紅茶。ルドルフと、フレデリックは?」
エルが首を傾げる。
「僕たちはどうしましょうか」
「たまには母上に逆らっても良いだろう。紅茶にしよう」
と、ルドルフは言った。
「そうですね、では、オレンジジュース一つと、紅茶三つ」
フレデリックが皆を代表して注文した。召使いは一度軽く頭を下げ、去っていった。
「そう言えば、リーラは元気だったか?」
召使いが去り、一瞬できた沈黙の網を破るように、ルドルフが言葉を落とした。
「兄上、僕が旅でイアフ国に寄った事をご存知で?」
兄の言葉に、弟は少し喜んだような素振りを見せる。ほらー、アレット様が睨んでいるぞー。
「ずっと聞きそびれていてな。気になってはいたのだが……」
「立派な、南国の少女になっていましたよ」
フレデリックは言う。
「セテト皇子も、その父にあたるメル王も、優しく迎え入れてくれて。まぁ、母上との話を聞いた時には笑いたくなりましたけれど」
時は人を返る。メルがまさにそうだろう。多分。逢っていないけれど。
「なにかあったんでっか?」
と、アランがこっそり近付いてきて俺に耳打ちする。
「アイリス様の武勇伝だ。銃士隊のオリヴィエ隊長辺りに聞く事だな」
「そない殺生な、シャルルはん」
「兎も角、ここでは無用の話だ。聞き流せ」
この男に関わると、ろくな事がない。なるべく関わりたくはないのが本音だ。
「そうでっか……あとで聞きに行きましょ」
本当に行くつもりかこいつ。
「オリヴィエ隊長もなにかと忙しい。面倒をかけないようにな」
「わかってまんがな。あ、飲み物が来ましたで」
そう言って、彼は持ち場に去っていった。
「もう、シャルルさんに面倒をかけるのはやめなさい」
早速アンヌに叱られている。アンヌは俺を見、何度も申し訳なさそうに軽く頭を下げていた。
やがて、飲み物と共に、アフタヌーンティーセットも運ばれてくる。その中の、珍しい薄紅色のスコーンに、アレットは興味を持ったようだ。
「気になるか? 桜のスコーンだ」
と、ルドルフが説明した。
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