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にゃん銃士 ~姫を護るのはチートなにゃんこたち~  作者: 武田武蔵
第四部 フレデリック王子編
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第七百九章 エステルの出生

「や、やってみるわね」

 と、覚悟を決めたようにマルグリットは呟くと、口を大きく開け、ハムサンドを頬張った。ハムサンドのパンは、あまり固いものを使っていない。噛み切れる固さだろう。

 食べかけのハムサンドを皿の上に置き、彼女はしばらく無言で口内のそれを味わう。いつもは大きな瞳が、細められる。

やがて、一口目を咀嚼すると、

「こんなに美味しいものがあったのね……」

 そう感動したように言った。

「ほら、アンリも、エステルも食べてご覧なさい?」

「もう食べているよ、マルグリット」

 アンリは冷静に言った。

「美味しいね。ソースも独特で、パンも邪魔をしない。あくまでもパストラミと、生ハムが主役なのだなって思えるよ」

「私、昔食べた事があるかもしれません……」

 エステルは言った。下町育ちの彼女だ、下町にすむものは、一度は食べた事のある味だろう。

「母が土産にと買ってきてくれて……共に食べた記憶があります」

「失礼だが」

 と、俺は口を開く。

「エステル、君の母の職業はどう言ったものだ?」

 目前でマルグリットが睨んでいる。大方、エステルの事を”君”と言った事だろう。己は突然お前だったのに。そのような具合だ。

 いや、あなたと言った記憶はあるぞ?

 さて、話を戻そう。

 俺の問い掛けに、エステルは一瞬困ったような素振りを見せ、そうして小さな声で、

「春を売っていました。さつまいもの蜂蜜がけも、食べた事があります」

 と、告白した。

「私は、私の父親を知りません。恐らく母を買った者の一人でしょう。母には心当たりがあったようですが、ついになにも私に話す事なく、私の初舞台を観ずに、過労で息を引き取りました」

 中々ハードな育ち方をしているのだな。

「すまない、酷い事を聞いた」

 俺は謝った。そうして、

「せめてものアドバイスだ。ここのカフェラテ

は美味い。束の間、忘れてくれ」

「私こそ、場の暗くなるような話をしてしまってすみません」

 エステルは頭を下げる。

「大丈夫だよ、みんな寛容な方々だ」

 すかさず、彼女のパトロンのセルジュが助け船を出す。

「オペラの世界に育ちは関係ないわ。皆実力でのし上がって行くものよ。私だって、貴族の特権とか言われているけれど、そんなものは関係ないわ。いかに客を満足させるか。それが問題よ」

 マルグリットが胸を張った。彼女にしては、まともな事を言っている。

「あ、今私にしてはまともな事を言っているとか思ったでしょう? シャルル」

 マルグリットに顔を読まれてしまった。思った事が顔に出る癖は、未だに治ってはいないようだ。

「すまん、すまん」

 カフェラテを口に運びながら、俺は言った。エステルには不幸な話だが、ここは昼を食べている途中だ。謝罪しか、する事ができない。

「謝らなくて結構です、男爵様」

 間を開けて、エステルは答えた。

「これが、私が生きてきた証なのですから」

「では、ピアフと言う名字は……」

 俺が言葉を濁すと、

「恩師が名付けてくれた、芸名です。本当は、ただのエステルとしか名前はありません」

 庶民でも、母親が娼婦だった事もあるのか、エステルは相当の底辺のようだ。アイリスが一番頭を抱えている問題に、俺たちは直面している気がする。全国民に名字を。それが、アイリスの理想なのだ。

「複雑みたいだねー」

 既にハムサンドを食べ終えたフランシスが言う。お前が言うと、一気に気が抜けるな。もっとも、それが彼の良いところでもあるのだ。

「ごちそうさま。相変わらず美味しいね。またモーニングもしようね」

「あ、あぁ……」

 モーニングに味をしめたか。思わず言い淀んでしまった。すると、顔がばれている大女優は言った。

「気に入ったわ。お忍びで来ようかしら」


お読みいただきありがとうございます。

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