第七百三章 シャルルのレイピア
「ほら、そこ! 暗い話をしない!」
マルグリットの声が飛んでくる。
「別に暗い話をしていたわけではないよ、マルグリット」
と、アンリは答えた。
「エマニュエル・ダンカンの名前が出た時点で暗い話よ」
なんだか理不尽だな。アンリを見ると、恐らく俺と同じような顔をしていたのだろう、フランシスが背中を向け、肩を震わせていた。
「そう言えばシャルル……は、いつもだったけれど、他の従者さんたちも物騒なものを持つようになったのね」
俺たちを見て、マルグリット・フランソワーズは言った。物騒なものとは、レイピアの事だろうか。
「これか?」
と、俺はレイピアの柄を握ってみせた。
「そうそう。戦でも始めるの?」
不吉な事を言うのではない。
「いや、皆元銃士だからな。それに……」
続きを言おうとして、急に恥ずかしくなった。従者の仕事には、己の体調管理も含まれているからだ。
風邪を引いたなど、ましてやそれで二日休んだなど、己の甘さを突きつけられたようで、やはり従者としての失態だ。そんな俺を見て、
「シャルルは風邪が引いてね、昨日まで二日間出勤できなかったんだよ。それで、これは良い機会かと思って、シャルルに以前から言われていた、元銃士としてフレデリック様にできる事、つまり護れるようにレイピアをはすようになったと言う訳。シャルルは言いたがらないから、ボクが
言ってあげたよ」
フランシスは胸を張った。
「この借りは取っておいてね」
と、囁かれる。え、なに? 怖いのですけど。
「私も幼い頃剣術を習っていたわ。良くアイリスと戦ったものよ」
良く殺されませんでしたね。
「ちょっと懐かしくなってしまったわ。剥き身を見せて頂戴?」
「こ、これか?」
と、俺は慌てたように言った。聞いていないし、己の手から、使い慣れたこのレイピアが離れるのが、少し怖かった。
「えぇ、そうよ」
俺が混乱する中で、マルグリットは手を伸ばし俺のレイピアの柄を掴んだ。その時、
「少し、落ち着いた方が良いよ?」
フランシスがマルグリットを制した。
「あら、なぜ?」
俺のこだわりがいまいちわかっていないマルグリットは首を傾げる。
「レイピアは銃士の魂の次に大切なものなんだよ。それを他人に奪われるなんて、心臓を鷲掴みにされたのと同じなのさ。シャルルの許可を取って、それから触らせて貰うものだよ」
丁寧な説明ありがとうございます、フランシス先輩。実際にも、銃士隊に入った時期も、彼の方が早いのだ。
「あら、ごめんなさい」
マルグリットは言う。それから、
「レイピアをお借りしても良いかしら? シャルル・ドゥイエ男爵様?」
と、慇懃に言葉を紡いだ。
「ああ、大丈夫だ」
俺も今度は落ち着いて答える事ができた。そうして、レイピアを抜き、マルグリットに手渡した。
「久しぶりに見るわ……このフォルム。確り手入れされているのね」
レイピアは、刺す事に特化した武器の為、先端を触らない限り怪我をする事はない。鞘にしまう際も、先端以外の部分を持ってしまう事が、正しいレイピアのしまい方とされている。
大女優がレイピアを愛でている時、フレデリックの部屋の柱時計が鳴った。十二時。昼食の時間だ。
「もうこんな時間?」
どこか不満げにマルグリットは言った。
「もっと歌いたかったのに」
いや、あなたはなにをしに王宮に来ているのですか。
「ならば、午後も僕を訪ねると良いよ。食事は、申し訳ないけど外で取ってもらう事になるけれど……。それに、午後からアレットが来る」
「アレットちゃんが!?」
マルグリットが、喜びの声を上げた。そうだよな、己が認めた、いわく天才の一人なのだから。
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