第六十八章 釣り上げたのは?
「また失態を冒してしまったわ……」
朝、俺が下りてくると、皆に囲まれアイリスは頭を抱えていた。あ、昨夜の事か。
「姫様の所為じゃないよー」
と、フランシスがアイリスの肩を叩く。
「しかし、本当に良くわからなかったな」
「蒸留酒なんて飲んだ事がなかったから……」
オリヴィエの言葉に、彼女は更にかぶりを振った。
「まぁ、それほど美味い酒だったんだろう」
と、マウロが言った。
「ありがとう、マウロ」
アイリスは礼を言う。マウロは照れ気味に頭を掻いた。
「おはよう」
話の隙間をつき、俺は挨拶した。
「あ、おはよう。シャルル」
フランシスが俺を見る。
「おはよう、昨日はご苦労さん」
と、オリヴィエが片手を上げる。アイリスの肩が一度上下する。隊長、お願いだから姫様の地雷を踏まないであげて。
「おはよう、今日はゆっくりだったな」
「昨日のカクテルが効いたのかも」
「ははっ、そうかもな」
マウロが豪快に笑った。
やがて朝食を船員が持ってくる。今朝はなんだろう。見る限り、青菜のサンドイッチか……?
「今朝のお料理はクレソンサンドにコンソメスープです。食後には珈琲もでますので」
と、スープ皿を配り、コックがスープをサーブし始める。コンソメの良い薫りが鼻の中に広がった。
クレソンサンドは初めて食べたが、淡い苦味をマスタードが包み込み、美味しいものになっている。それに加えてバターの風味が最高だ。
コンソメスープは、じっくりと煮込んだのだろう野菜や、鶏ガラの味が乗り、美味としか言いようがない。
「美味しい!」
と、フランシスは俺を見る。いや、その向こうにいるコックを見たのか?
そんなことは、どうでも良いのだが。
「本当に美味しいわ」
アイリスの顔に笑顔が戻る。良かった。
朝食の後、アイリスはポワシャオに手紙を書くと自室に戻り、フランシスは毛づくろいと、各々のんびりとしていたら、船員が中に入ってきた。
「お暇ならば釣りをされてはいかがですか?」
「釣り?」
と、ソファに寝転んでいたオリヴィエが起き上がる。そう言えば東の大陸へと向かう時に、釣りをした気がする。確か、俺がカツオを釣り上げたような記憶がある。
「この辺りは大きな魚が取れる事が多い場所です。マグロなども、運が良ければ釣れますよ」
マグロ……! 俺たちは互いを見合った。
「やってみるか……!」
オリヴィエの言葉に、皆頷く。
「そうだな」
一番乗り気なのは意外にもマウロだった。前大地を釣るのが得意とか言っていませんでしたか?
そうして皆釣竿と手網を持たされ、位置を決める。糸を垂らし、しばらくすると、背後から、オリヴィエの声が聞こえる。見ると、イカを釣り上げていた。船に内蔵された生け簀へと入れる。イカ墨を浴びて、オリヴィエが珍しく毛づくろいしていた。
「シャルル、ちょっと」
フランシスの声に振り向くと、大幅にしなる己の釣竿があった。
「あ、ありがとう」
半分焦りながら、釣竿を掴む。重い。もしかしたらマグロかもしれないと、俺は力を込めてリールを引く。たまに緩め、再び引くを繰り返す。海面が赤く染まる。それに向かってサメが寄って来ないよう、祈るだけだ。
「フランシス、手伝ってくれ」
と、俺は苦しげに声を出す。彼は頷き、俺の腰を掴んだ。そのまま、ぐいと引っ張れば、大きな魚影が見えてきた。正直、カツオの時よりもかなり大きい。
「マウロも手伝って!」
フランシスが声を張り上げる。
「おう」
釣竿を引き上げ、マウロが参加する。ありがたい。オリヴィエは毛づくろいに必死な事がわかるので、皆あえて声はかけなかった。
三人で声を立て、引いてから、リールを緩め、しばらく泳がせる。そうして、一気に引き上げた。
釣られた魚が宙を舞い、デッキに落ちる。コックたちが集まってくる。俺たちも振り向くと、そこには、跳び跳ねるマグロの姿があった。おそらく、俺たちの中で一番長身のマウロよりも大きいだろう。こんなマグロ、良く今まで釣られなかったな。
「うわ、凄い」
フランシスがおどろいて声を失う。
「そうだな」
と、マウロ。
毛づくろいに必死になっていたオリヴィエは、事態が飲み込めていない様子で、瞬きを繰り返している。
「シャルル、お前が釣ったのか?」
声が裏返っています、隊長。
「持っていって良いですか?」
コックの一人が聞いてくる。その間にも、他のコックたちが頭と尾を持ち、マグロを運んで行く。
「良いよ」
と、俺が言うと、
「ありがとうございます! 夕食を楽しみにしていてください」
にこりと微笑んだ。
「あ、ちょっと」
と、オリヴィエがコックに声をかけた。
「イカを捌いてはくれないか? 生け簀に今いる筈だ」
「わかりました!」
コックは手網で生け簀からイカを取り出すと、腰に下げていた包丁を手に、まな板へと向かった。
素早い手つきでイカが捌かれ、イカ素麺にされた。他のコックが醤油を持って来、それにつけて食べる。やっぱり絶品だ。





