第六十七章 再びの七並べ
「あ、シャルルー!」
カクテルを一口飲み、フランシスは手を振った。少し飲んでいるな……。俺はそんな彼の隣に腰かけた。たちまち、嬉しげに彼は俺の腕に己の腕を絡めてくる。その白い腕を撫でてやると、気持ちよさげに更に力を込めた。痛い痛い。
「四人になるなんて久しぶりだな。シャルルは参加するのか?」
トランプをきりながら、オリヴィエは問う。
「俺は見てるだけで良い」
と、俺は言った。
「じゃあ、ボクとタッグ組んでくれる?」
フランシスは俺を見る。
「あぁ、良いよ」
「あ、ずるいぞ」
と、マウロが言った。
「フランシスは絶望的に運が悪いからな。手伝ってやれ」
オリヴィエが言葉を紡ぐ。
「隊長はその辺りが甘いんだから」
マウロはぼやいた。少しわかる気がします。オリヴィエはフランシスにかなり甘い。厳しい事も言う事もあるが、ほぼほぼ甘い。
「まぁ良いか」
と、マウロが手札を配り始める。余り気にしないタイプなのだ。やがて、全員にカードが行き届くと、俺はフランシスのカードを見た。
「スペードの七を持ってるやつが一番手だからな」
オリヴィエが手札を見つつ言った。
果たしてフランシスの手札にスペードの七は──
「あった」
広げた手札で口を隠し、フランシスは呟いた。
「良かったじゃないか」
オリヴィエがフランシスを見る。
この間から感じてはいたが、改めて、カードゲームでも俺はチートのようだ。
ハートとダイヤの七はオリヴィエが引き、クラブの七をマウロが出した。全ての七が揃い、ゲームが幕を開ける。
俺たちの番なので、八か六を探す。幸い、手札に二つともあったので、止めるつもりでダイヤの八を出した。続いてオリヴィエが同じダイヤの九を出す。マウロはクラブの六だ。
そうしてカードがたまって行き、ハートは一列出来上がった。あとは四からキングまで出ているクラブと、同じように二からキングまで出ているハート、七から止まったままのスペードがある。ちなみに、スペードの八を持っているのは俺たちだ。
「誰だ? スペードを止めてるのは」
ハートのエースを手札から出し、オリヴィエが言った。はい、俺たちです。次の番で出す予定です。
「俺じゃないぜ?」
などとどこか匂わせぶりにマウロが言う。東の大陸へ向かう時に皆でやったババ抜きのトラウマか、オリヴィエが微かに肩を動かしたのがわかった。
さぁ、俺たちの番だ。
「出すんだ」
「わかってる」
口許に笑みを浮かべ、フランシスはスペードの八を出した。
「お前らか!」
物凄い勢いで、オリヴィエが振り返る。はい、すみませんでした。そうして、彼はスペードの九を出した。
マウロはわが道を行くように、クラブの三を出す。俺たちの手札にはクラブは無い。この人二も一も持っているんじゃないか?
俺たちはそのまま、スペードの十を出す。手札はあと一枚だ。
「──パス」
使える手札がないのか、オリヴィエががっくりとした声でパスと口にする。この状態でのパスは中々痛い。
マウロはやはりクラブの二を出す。彼の残りの手札は二枚だ。一つがクラブの一だとして、スペードのなんだろう。俺たちの番になり、最後の手札、スペードのジャックを出した。
上がりだ。
「やったー! ありがとうシャルル!」
フランシスは喜んで俺に抱き付く。力が強いって。痛いですって。
「どういたしまして」
彼を引き剥がし、俺は言った。
横目で、オリヴィエが負け、やはりがっくりと項垂れている。案外トランプゲームには弱いのかもしれない。
「賭けポーカーでもするか」
と、博打好きの隊長が言い出す。
「俺は止めるぞ」
「ボクもー」
俺に続き、フランシスが答える。
「じゃあ、俺たちだけでやるか」
と、オリヴィエとマウロと言う、いつもの面々になってしまうのだった。
「ボクたちはどうする?」
と、フランシスが声をかける。
「ん? 俺はカクテルでも頼んで自室で飲もうかなと思ってる。せっかくのストロベリームーンだからな」
「なにそれ気になる。ボクも行って良い?」
「あぁ、良いよ」
そのやり取りを聞いていた船員が、こちらへと駆けてくる。
「お部屋になにかお飲み物をお持ち致しましょうか?」
「そうだな……赤いカクテルはどんなものがある?」
「キールロワイヤルなどいかがでしょう」
「ボクそれにする」
フランシスが言った。
「じゃあ、キールロワイヤルを二つ。東の二階の部屋に運んでくれ」
俺は言って、踵を返し、フランシスと共に部屋へと向かった。ちらと見たポーカーは、なんとマウロがロイヤルストレートフラッシュを出し、オリヴィエが負けていた。賭け事については、つくづくついてない。
扉を開け、階段を上り、自室へと繋がる扉を開いた。フランシスは窓にかじりつき、
「うわ! 月が赤い!」
と、興奮ぎみに言った。
「だろ?」
俺は寝台へと腰かける。
「綺麗だねぇ」
でも、ちょっと気味が悪いかも、と、フランシスは続けた。
扉が叩かれ、キールロワイヤルを持った船員があらわれる。
「ありがとう」
と、チップを渡す。
「あ、ありがとうございます!」
まだ少年だろう船員は、はにかんで笑った。
船員が去ったあと、フランシスは椅子に腰かける。小さくグラスを傾け、乾杯した。
「二人きりなんていつぶりだろうね」
と、彼は匂わせぶりに言う。いや待て、別に彼と俺はできている訳ではないのだ。
カシスリキュールに、シャンパンを注いだカクテルは、案外美味しく、ついつい飲みすぎてしまいそうで危険な飲み物だった。
「もう夜も遅いんだ。気がすんだら寝た方が良いぞ」
「はーい」と、フランシスは答える。「ねぇシャルル」
「どうした?」
俺は聞く。
「シャルルは姫様の事、どう思ってるの?」
フランシスは少し首を傾げた。
「どうって?」
「だから……あー、いいや、ごめん、忘れて」そうしてカクテルを飲み終えると、フランシスは顔を赤らめ、「お休み!」
とだけ言うと、扉を閉めた。なんだったんだ。
疑問に思いながらも、俺は寝台に身を横たえる。閉じた瞼は、日が上るまで、開くことはなかった。
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