第六十五章 シャルルの想い
今回の船も、今まで乗ってきたような船だった。ただ一つ違うのはリビングに行くまでに階段があると言う事だろう。揺れる船の中で階段なんて、いつか誰か落ちるな。
リビングには調度品が飾られ、いかにも貴族の館の一室のようだ。ああ、あと一つ違う事があった。それは、寝室が二階設計になっていて、扉を開くと、上りと下り、二手に別れた数段の階段があり、その先の扉を開け、改めて寝室に入る事ができる。つまるところ、皆海を見て眠れると言う事だ。これには前回真っ暗な部屋に寝ていたオリヴィエも喜んでいた。やはり海が見えるのと見えないのとの差が激しい。
「いやぁ、良かった」
と、言うオリヴィエの感嘆のため息を聞いてしまった。そうですよね……。
さて、問題が一つある。
「次は誰が姫様と一階二階になるかだな」
う。これは結構な死活問題だ。
「姫様の好きで良いんじゃない?」
と、フランシスが俺の方を向く。なぜこちらを向くのですか。
「俺も賛成」
マウロも手を挙げる。
「では姫様、誰と一緒が良いですか?」
単刀直入に、オリヴィエがアイリスを見た。すると彼女は思考している間もなく、
「シャルルが良いわ」
と、答えた。
「お、俺ですか?」
俺はおどろいて声が引っくり返ってしまった。
「えぇ、そうよ。私は一階が良いわ」
よろしく、と、だけ言って東側の部屋へと続く扉を開いた。
「完璧に懐かれたな」
扉の奥に消えて行くアイリスに、オリヴィエは呟いた。
「詰所に遊びにこられたらどうしよう」
あんなに汗臭い場所に、と、フランシス。
未だ、俺が銃士隊を抜け、アイリスの従者になると言う話は知られていない様子だった。
その時、リビングの扉が叩かれる。
「誰だ」
オリヴィエが言うと、あらわれた船員が、
「ルチェ諸島が見えますよ。デッキに上がられてはいかがですか?」
と、言った。
それと同時に、アイリスも扉を開き、
「島が見えるわ! ルチェ諸島かしら?」
同じような言葉を紡いだ。
「デッキに上られますか?」
船員が尋ねる。
「えぇ、是非」
アイリスは頷いた。オリヴィエが俺の肩をつつき、
「一緒に行ってこい」
と、囁いた。
「姫様、お供致します」
と、俺は跪いた。そう言えば、アイリスに跪くのは王宮で出逢った時以来かもしれない。あとは、ほとんどそれはオリヴィエの役目だった。
「ありがとう」
彼女は微笑むと、俺のあとに続き、開かれた扉から階段を上がり、外へと出た。
既に日は沈みかけ、遠くに見えるルチェ諸島が、逆光に見える。
「懐かしいわね、皆で色々な体験をしたわ。楽しかった」
アイリスが声を潜める。
「陶芸はもう届いていますかね」
俺は言った。
「陶芸もお土産もイーヴ宛に送ったから、今頃おどろいているかも」
そりゃあそうだ。
「ははは」
と、俺は笑った。
「ふふっ」
それに続き、アイリスの愛らしい笑い声が聞こえる。この一瞬が永遠的に続けば良いのに。そう、思ってしまう。
国に帰れば、アイリスは結婚をする。結婚をしてしまえば、もう手の届かない場所に行ってしまうのだ。例え従者になれたとしても、こうして肩を並べる相手は、ボニファーツ伯に変わる。これでボニファーツ伯がとんでもない奴だったら、コテツのように、処刑覚悟で彼の胸へとレイピアを突き刺すだろう。
やがて日は沈み始め、碧い空が水平線を統べり始めている。
「そろそろお食事ですよ!」
「わかった!」
船員の声に、俺たちは船内に入った。
「なぁ隊長、この船はどのくらいで北の大陸へ辿り着くんだ?」
船内に入り、食卓の出来上がるまでの束の間の時間、俺は地図を見ながらオリヴィエに声をかけた。
「ん? 二週間くらいだろう」
と、彼は答える。
「そうか、ありがとう」
「なんか問題でもあるのか?」
隊長、案外感が良いんですね。
「いいや、なんでもない」
俺はひらひらと手を揺らした。
「そうか……」
頼んだのだろう蒸留酒を呷り、オリヴィエは言った。少し寂しそうだ。すみません、隊長。
やがて出来上がった食卓に、俺は振り向いた。





