第六十四章 故郷の大陸へ
あくる日、バーサの港町までの御者は俺が務める事になった。散々ごねたが、隊長の鶴の一声で決まってしまった。話の輪に入れないのがとても悲しい。
「お前だって俺が御者をしている時馬車の中で、わいわいとしていたではないか」と、オリヴィエは言った。案外根に持っていたのですね。「兎も角、水はここだ。この先は蟻地獄が多いから気をつけろよ」
そう言って、オリヴィエは馬車に乗り込んだ。
さらっと言われたが、蟻地獄が恐すぎる。確かに点々と怪しげな穴が開いていた。
「蟻地獄に巻き込まれる前に、この筒を投げ込んで勘違いした本体が出てきた時、外からマスケット銃で撃っちまえ」
竹筒を取り出したマウロが、垂れ布をめくり言った。確かにそうだ。
試しに、目の前にある一つの蟻地獄へと竹筒を投げ込んでみる。砂に竹筒は巻き込まれて行き、そうして本体の、茶に光る刃があらわれる。そこを狙い、マスケット銃を撃ち込んだ。たちまち緑の血が吹き出し、刃はずぶずぶと沈んで行った。砂がその上を覆って行く。間もなくそこはただの砂地に変わっていった。これは良い。
ただ、数に限りがあるのが難問だ。当たり前だが、行く先の道だけに使う事にした。
蟻地獄を倒しながら、果てない砂漠を行く。目深に被ったフードも、砂で覆われ始めている。そうして、砂丘を一つ越えると、海が見えてきた。その手前にある白い町は、バーサの港だろう。
「港が見えたぞ!」
と、俺は叫んだ。
「本当?」
アイリスが垂れ布から顔を覗かせる。
「姫様も隣に来ますか?」
俺は言った。思わずこぼれ落ちた言葉に、半分焦った。
「良いの?」
アイリスは無邪気に問うてくる。言ってしまった己が悪い。
「どうぞ」
人一人座れるように、俺は御者席をずれた。
「振り落とすなよー、シャルル」
馬車からオリヴィエの言葉が聞こえる。わかってます。むしろ、後悔しているくらいです。
席へとアイリスが足をかけ、乗り出してくる。
「危ないですよ」
と、俺はアイリスの手を取り、御者席に座らせた。
「ありがとう」
アイリスは微笑んだ。被せられたのだろうフードを被っている。
「ほら、あそこに港が見えます」
俺は港を指差す。こうしている内にも、馬車は着々と目的地へと近付いて行く。帆船の帆が見える。
その時、風が吹き、アイリスのフードが飛んだ。その奥にあったのは、愛らしい笑顔だった。
「フードが飛んでしまったわ!」
表情が代わり、慌てたように、彼女はフードを被り直す。良いものを見せてもらった。
「大丈夫ですか?」
俺が尋ねると、
「え、えぇ、大丈夫よ」
フードを手で押さえながら、アイリスは答えた。可愛い。
砂丘を下ると、もうバーサの港町に着いてしまう。もう少しだけ、時が欲しい。絵美、俺は何度生まれ変わっても君に恋をするだろう。まぁ、アイリスが絵美の生まれ変わりなのかはわからないが……。
無惨にも、白に染まった町に辿り着いてしまった。軽く坂のある大通りを抜けると、帆船が見える。
「そのまま港まで進んでくれ」
オリヴィエの声がする。
「了解、隊長」
俺は答え、手綱を握る手に力を込めた。
「潮風の良い匂い……」
アイリスが呟く。鼻の良い猫の獣人としては、潮風と共に魚の生臭い臭いまで嗅ぐ事になってしまうので、少し苦しい。
坂を下り、港に到着する。それと同時に、オリヴィエが馬車を降り、船の手配に向かった。
港は活気づき、各大陸から運ばれてくる積み荷や、人が行き交っている。左に見えるのは魚市場だろうか。
アイリスが手を天に伸ばすと、カモメが止まる。カモメたちは集まって来、たちまちアイリスはカモメに埋もれてしまった。動物に好かれる性質なのだろうか。
やがてオリヴィエが戻ってくると、
「馬車も乗れる客船を見付けました。客は我々だけにしてもらいましたので、ご安心下さい」
「ありがとう」
アイリスはそう言って、御者席より飛び降りた。
フランシスとマウロが馬車を降りると、オリヴィエが馬の手綱を引いて、帆船の積み荷置き場へと導いて行く。俺たちはタラップを上がり、船に乗り込んだ。
さぁ、故郷の大陸に帰るのだ。
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