第六十三章 アル・ジブ王
折角宿をとったので、申し訳ないと、一泊する事になった。宿まで戻ると、入り口に立つ影がある。体格的に、青年だろう。金色の髪に、小麦色の肌、白い服をまとった立ち姿は、庶民とは違う、どこか品があった。
「こんばんは、ジブ国へようこそ」
と、アイリスに向かい、青年は言った。
「何者だ」
と、オリヴィエがアイリスの前に出る。警戒からか、はしたレイピアへ手を添えていた。
「そんなに怯えないで。僕はただ挨拶とお詫びに来たんだ」
「挨拶とお詫び?」
「そうそう」頭を掻き、彼は言った。「イアフ帝国では愚弟が迷惑をかけたみたいで……」
「あなた、メルの兄なの?」
アイリスは首を傾げる。確かメルは国の第一皇子と言っていた筈だった。
「いや、正確に言えば僕は側室の子供なんだ。正室のアージュ様の子供ではない」青年は笑い、「僕はアル・ジブ。ジブ国に婿入りしたイアフの元皇子さ」
兎も角敵ではない事はわかったが、なぜアイリスがこの国にいる事が知られたのかが気になった。
「不思議そうな顔をしているね、猫さん」アルは口角を引いた。「イアフ帝国は広大な帝国だ。皇族たちの秘密の情報網があるのさ」
この大陸の情報ならすぐに手に入る。と、彼は笑った。恐ろしやイアフ帝国。
「今晩はご馳走が出る筈だ。藁のテントは寝づらいかもしれないけど、ゆっくり楽しんで」
そう言い残して、アルは宵闇に紛れて行った。
「婿入りとは言え、一応王様だよね……」
フランシスが声を震わせた。
「物凄く腰が低かったがな……」
マウロは未だ固まったままだ。全くメルの無礼はどこまで伝わっているんだ。
「まぁ、良い。行くぞ」
と、オリヴィエは言った。
夕食は外で、薪で火を焚いて食べる事になった。トマトやとうもろこしなどの野菜や、肉の串、更には子豚が一頭丸焼きにされていた。なるほど、豪華とは豚の事か。
パン代わりに出されたクスクスに、特製のタレのかかった牛の串焼きをつけて食べると、これは美味い。途中に口内で弾けるのは、唐辛子だろうか。クスクスはパスタに近いと聞いた事があるが、確かにそうだ。オリーブオイルをかけて食べても美味しいだろう。
子豚の丸焼きは、表面がこんがりとしてきた頃、主人があらわれ手早く捌いてくれた。溢れた肉汁が勿体ない。
「彼女に一番良い部位を」
と、隣に座ったオリヴィエが主人に囁く。
「わかりました」
主人も声を潜めた。そうしてロース肉をアイリスへと切り分けた。
「美味しい!」
と、アイリスは喜んで肉を口に運ぶ。
「良かったねー」
フランシスが言った。そう言っても、涎が垂れてますよ。ちなみに俺はバラ肉が好きなので、全く悔しくない。
そうして嬉しい事に、バラ肉が俺の皿へと取り分けられた。やった。塩味だが、上品な脂身が、肉々しくなくて美味い。口の中は、甘い脂身の味が広がっている。
「幸せそうだね」
と、フランシスが言う。
「美味いものは美味いんだ」俺は答えた。「食べてみるか?」
と、赤身の部分を食べているフランシスに、声をかけた。
「え、良いの?」
彼の尻尾が立ち上がり、ゆらゆらと揺れる。嬉しいのだ。
「あぁ」
俺はバラ肉を少しちぎり、フランシスの皿へ乗せた。
「ありがとう」
と、フランシスは微笑し、バラ肉を口に運んだ。しばらく噛むと、やがて咀嚼音がした。バラ肉など庶民の食べ物だ。果たして貴族の口に合うのだろうか。
「美味いか?」
と、俺が恐る恐る聞くと、
「うん! 美味しいよ!」
との答えが返された。良かった。
マウロはひたすらヒレ肉やバラ肉を食べている。肉ならなんでも良いと言う事だろう。どうやらのアルのもてなしは、成功した様子だった。
食事も終わり、床につく事になった。気がつけば、空に星が煌めいている。
テントの入り口の垂れ布をめくると、見かけよりも広そうだ。これならば全員入る事ができるだろう。
まずアイリスが先に入り、端へと寝転ぶ。フランシス、マウロと続き、横になってもあと四人は入る事ができる広さだ。そうして俺と、オリヴィエが入った。藁の寝床は、案外快適だった。
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