第六十二章 乗象体験
オリヴィエが馬を早めたのが項をそうしたのか、幸い昼過ぎにはジブ国に着く事ができた。瓶に入れた水も絶えてきた頃だったので、ありがたい事だ。
ジブ国は藁のテントが並ぶ、シンプルな町だった。
すぐに宿を探し、宛がわれたテントの横に馬車と馬を外に繋いで城下町に出る。
「はー、疲れたわ……。お疲れさま、オリヴィエ」
身体を伸ばし、アイリスが言う。
「いえいえ」と、オリヴィエは宿での契約時に貰ったのだろう町の地図を取り出し、「象に乗る事のできる場所はあそこですね」
と、指差した。指と言うより、手を差し伸べた、の方が当たっているのかもしれないが。
まぁ、そんな事はどうでも良い事だ。
「入って見ましょう」
アイリスが言った。その声は未知なるものに対峙した時の喜びと、興奮から来るもののようだった。
「姫様象は見た事あるの?」
「いいえ、本で読んだ事があるだけ」
「ボクもそうだな」
道すがら、アイリスとフランシスが話しをしている。そう言えば、北の大陸に象は存在してはいなかったような気がした。
やがて、乗象体験のできる場所までやってくると、柵越しに、いく頭もの象がうろうろとしているのが目に入った。
「いらっしゃいませ」
猿の主人が俺たちのもとに駆けてくる。
「乗象体験を──おい、姫様だけで大丈夫か?」
オリヴィエが声をかける。
「ボクはいいや」
「俺もいい」
フランシスとマウロが答える。
「シャルルは?」
「俺も乗らないよ」
オリヴィエの催促に、俺は言った。
「了解……一人、あとは見学で」
「35オーロになります」
「わかった」
彼は主人の手のひらに、金貨を手渡す。
「体験の方はこちらです」
と、主人はアイリスを導いた。
階段つきの台車を運んで来、それから象も一頭連れてくる。そうして、
「階段に登ってお乗りください」
片手で台車、もう一つの手で象の手綱を持ち、言った。古びた台車はキシキシと音を立てる。
そうして、アイリスは象に跨がった。台車から離れた時、一瞬バランスを崩しそうになったが、主人が慌ててもう一つ、恐らく客用に付けられた手綱をアイリスに握らせた。
「景色が違うわ!」
アイリスは声を弾ませる。象はそのまま柵の中を一周するようで、ゆっくりと歩みを進めている。
「姫様楽しそうー。こうして見ればまだまだ18歳だよね」
「4歳しか違わないお前がなにを言っているのだ」
フランシスの言葉に、オリヴィエはそう返す。「4歳でも結構違うものだぞ、隊長」
と、俺は言った。前世で言う高校生と、大学生。その差は案外大きいものだ。
「そうか……」
オリヴィエは悩むように口に手を添える。隊長、そんなに悩む事ではないです。
「隊長にもあっただろ? 若い日が」
フランシスが言うと、
「まだまだ俺は若い……」
と、オリヴィエはひとりごちた。
「兎も角、姫様楽しそうで良かったな」
一番年上のマウロが腕を組む。不器用だが、拗れかけた者同士の関係を正す事にはかけている。さすがマウロさん。拍手を送りたい。
間もなくアイリスを乗せた象は、束の間の散歩を終え、帰ってくる。思わず手を振ったら、笑顔で返事が返された。
象から下りると、アイリスは主人に礼をして、こちらへと駆けてくる。物凄い笑顔だ。
「凄く楽しかったわ。わがままを聞いてくれてありがとう」
「いいえ、いいえ」オリヴィエは久しぶりにアイリスに跪き、「姫様が楽しまれれば我々も楽しいのです」と、言った。良いところを持って行くな、隊長。「宿に戻りますか?」
「そうね……」沈みかけた太陽を見、アイリスは呟く。「それに、そろそろまた大陸から離れたいわ」
それはつまり、故郷の大陸に戻ると言うことだ。
「わかりました」
オリヴィエはそう言って、地図をしまいこんだ。
「あ、故郷の大陸って言っても反対側からクォーツ国に帰りたいの。私は国の周辺しか知らないから」
アイリスは言った。
「では、このまま北上してバーサと言う港から船に乗りましょう」
よろしいですか? と、オリヴィエは聞いた。
「えぇ、大丈夫よ」
アイリスは答える。
そろそろ旅の終わりだ。俺が銃士隊から抜ける日が、近付いて来たのだ。
 





