第六十一章 砂漠のオアシス
翌朝、宿で朝食を取り、ポワシャオたちとロッコ国の門前で別れた。
「またお手紙を頂戴? すぐにお返事を書くわ」
名残惜しいようにアイリスの手をとり、ポワシャオは言った。
「ええ、勿論。ハダ王子ともしっかりね」
「ありがとう。結婚式にはお互い必ず出席しましょうね」
「そうね」
と、二人は抱き合った。
「おいシャルル」
と、コテツが俺に話しかけてくる。
「なんだ?」
「お嬢から聞いたぞ。帰ったら姫様の従者になるんだろ? 頑張ろうな、お互いに」
いつかの事を、アイリスが手紙に書いたらしい。俺は笑い、
「そうだな」
と、言った。
「お嬢、そろそろ行きますよ」
馬車の扉を開き、コテツは言った。
「わかったわ。それじゃあ、アイリス。この二日間、とっても楽しかったわ」
「私もよ、ポワシャオ」
と、ポワシャオは馬車に乗り込んでいった。コテツが御者席に飛び乗り、手綱を握る。砂塵に紛れ遠ざかるまで、俺たちは馬車を見つめていた。
「さて、これからどうなさいますか?」
外で地図を広げ、オリヴィエはアイリスへと話しかけた。
「象に乗ってみたいわ」と、言った。なぜに突然象なんだ。と、目を細めるオリヴィエに、「ローファ国では祭事の時に皇族が乗るらしいの。それで少し興味を持って……」
なるほど、と、オリヴィエは頷いた。
「象に乗るには……ジブ国ですね。ここから北上すれば辿り着く筈です」
「では、そこに行きましょう」
アイリスは行って、馬車へと乗り込んだ。御者はマウロがつとめるらしい。オリヴィエがなにか言っていた。
俺が馬車に乗ると、すぐにフランシスとオリヴィエが乗ってきた。
久しぶりの車内は、暑いが楽だ。
間も無く馬車が走り出し、風が吹き込んできた。
「お宿のご主人にいただいたミントティー、飲まない?」
走り出してしばらく経った時、アイリスが口を開いた。ミントティーにトラウマがあるオリヴィエが、びくりと肩を震わせた。
「甘くないやつを頼んだよ、隊長」
と、フランシスがオリヴィエの肩を叩く。それに、まだ微かに疑いながらも、彼は顔を上げた。
「旅の途中に貯まった回復薬の瓶にそれぞれ淹れてもらったの」
と、アイリスは荷物から瓶を次々と取り出した。案外小柄な鞄だぞ。中は、どうなっているんだ。彼女は前方まで歩いて行くと、
「マウロ、ミントティーよ。甘くないけど」
と、垂れ布をめくりマウロへと手渡した。
「お、おう。ありがとう」
マウロの照れた声がする。女に余りなれていないように見えたが、恋人がいた気がした。
配られたミントティーを飲んでみる。さっぱりとしていて、時折甘みがくる。飲みやすいと思った。
「これなら俺でも飲めるな……」
と、オリヴィエが髭を揺らす。
「良かった!」
アイリスが嬉しそうだ。こっちも嬉しくなる。ふと、時折己が絵美に似ていると言うだけでなく、この気高いアイリスに惹かれ始めていることがわかりはじめた。俺のアイリスを見る眼差しに気がついたのか、フランシスは肘で俺をつつき、
「実らない想いって、わかってる?」
と、忠告した。
「わかってるよ……」
俺は言い捨てる。
「どうしたの?」
悩む俺の顔を見て、アイリスが声をかけてきた。今は少し止めて欲しい──そんな想いをたち切り、
「いえ、大丈夫です。ご心配をかけてすみません」
俺は慌てて言葉を取り繕った。これではコテツの事を笑えない。
「顔色が悪いわ」
アイリスが更に顔を近付け、額に手が触れる。冷ややかな手だ。思考を無理にねじ曲げ、そんな事を考える。
「ミントティーを飲めば良いよ」
と、フランシスが助け船を出してくれた。今回はありがとう。
「邪魔ね、私がいたのでは」
そう言って、アイリスは俺から離れた。興奮で熱が上がるのがわかる。慌てるようにミントティーを喉へ流しこみ、飲み干してしまった。
少しさっぱりしたかな。
やがて、馬車が停車した。後ろの垂れ布をまくり上げる。砂漠に草が生えている。オアシスについたのだ。
始めにオリヴィエが馬車を下り、アイリスの手を取った。初めの頃のように紳士的だ。どう言った風の吹きまわしだろう。
「隊長もキミの事、気にしてるんだよ」
と、フランシスが耳打ちした。すみません隊長。
アイリスが下りると、フランシス、俺の順で馬車から下りた。マウロが御者席から下りるのが横目で見えた。目の間には椰子の木が生え、細やかに水が沸き、泉を作っている。その水は透き通り、魚の姿は見えない。
「足を浸けても良いかしら」
と、アイリスは言った。
「大丈夫ですよ」
オリヴィエは答えた。
「ありがとう」アイリスはブーツを脱ぎ、泉へ足を浸した。「冷たい……」
と、苦笑いする。
「本当?」フランシスは手を池につける。「本当だ!」そうして泉の水を掬い、口に含んだ。「それに、水も美味しいよ」
その言葉に、皆が集まり空いた瓶を持ちよって水を汲んだ。貴重な水だ。俺も隙を見て水を飲む。確かに美味い。
「ミントティーの入ってた瓶に入れると案外いけるかもしれない」
フランシスは言った。
確かにそうだな。瓶の中に、ミントが入っていた気がする。
「もう持ってきている」
と、オリヴィエが言った。素晴らしいな、隊長。抜りがない。
オリヴィエからそれぞれの瓶を貰い、水を入れる。軽く振り、飲んでみると、ミントの味がして美味しい。
「振った方が良いか?」
と、マウロは聞く。
「好き好きかもしれないが、俺は振った方が美味しいと思ったぞ」
その言葉に、マウロは数回振って、瓶を呷った。
「お、旨ぇ」
そんな声が聞こえる。良かった。
気がすんだのか、アイリスが泉から上がり、ブーツを履いた。
「姫様の分も汲んでおいたよー!」
「ありがとう」
フランシスの言葉に、アイリスは微笑んだ。
「次の御者は俺がつとめる」
そう言って、オリヴィエは御者席に飛び乗った。
皆が乗り込むのを見ると、馬車は間もなく走り出した。次はオアシスか、ジブ国か。果たしてどちらだろう。……
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