第六十章 思春期の恋煩い
夕飯は宿で取ることになり、俺たちは一つの部屋にまとまって白身魚のタジン鍋を食べた。味付けは塩味で、魚は臭みもなく美味しいものだった。
「お嬢、もっといただきませんか?」
野菜を一口二口して皿を持ったまま彼方を見ているポワシャオに、コテツが声をかける。
「大丈夫よ、なんだかお腹がいっぱいなの」
その言葉を聞いて、コテツはなにかを察した様子で、
「食べられたら食べてください」
と、言った。まさに恋の病の所為だろう。
「ありがとう、そうするわ」
自分の皿に取り分けられたものだけでも食べようと、また一口口に運び、ポワシャオは言った。
「魚も美味しいのね」
と、アイリスが呟く。そう言えば、ロッコ国は海に近い国だ。クォーツ国は山沿いに位置している為、魚は余り食べた事がないのだろう。慎重に召し上がっていらっしゃる。
「ねぇ、ポワシャオはこれからどうするの?」
アイリスは首を傾げた。
「ハダ王子にも逢えた事だし──お父様にもそれが済んだら帰って来いと言われているし……」
多分明日にでも帰るわ、と、言った。
「今更だけど、あなたがこの国に嫁いで来るのよね?」
「えぇ、そうよ」と、ポワシャオは続けた。「ロッコ国には、かつてお祖母様の妹様が嫁いでいるの。だから、私がここに嫁ぐ事は、生まれた時点で決定していたの」
「寂しくはないの?」
「コテツがいるもの。寂しくなったら抱きつきて、ローファ国の匂いが沢山移った毛の匂いを嗅ぐわ」
中々パンチのきいた答えだな。そう思いながら、俺は麦酒を飲んだ。そうだ、この世界には新幹線も、飛行機もないのだ。急にホームシックにかかっても、夫との仲が拗れても、すぐに帰る事ができないのだ。長い船旅をしなければならない。
そう考えると、庶民や、アイリスのような王位継承権第一位の者は幸せなのかもしれない。
「おい、なにボーッとしているのだ。食べてしまうぞ」
オリヴィエの声で、ハッと沈みかけた思考から、現実に引き上げられる。
「あぁ、ごめんごめん」
俺は慌ててタジン鍋を見る。おいおい一口くらいしか残っていないじゃないか。辺りを見回すと、皆満足げな顔をしている。
その一口分を掬い上げ、口に運んだ。
食事を終えると、ポワシャオとアイリスは隣の部屋に帰って行き、俺たちだけが残された。
「おい、コテツ」と、俺は彼に話しかけた。「お前はどうなんだ」
「どうって?」
コテツは問うた。
「だから、ポワシャオ様の事さ。そうだよね、シャルル」
フランシスに先に言われてしまった。
「お嬢がどうしたんだ」
「ポワシャオ様の事、好きなんだろ?」
「ななななななんだって!?」余程聞かれた事のなかった質問だったのか、コテツの尻尾がぶわっと広がった。「考えた事もなかったぜ……ただ、ハダ王子と仲良く話す姿を見て心がざわめいたが」
「コテツ、お前幾つなのだ?」
と、オリヴィエが足を組んだ。
「お嬢と同じ18だ」
おぉ、思春期。
「お前も恋の病ってやつだな」
俺は言った。
「え、まさか」
まだ信じきれていないのか、コテツは手を耳に当て、かぶりを振った。
「全く気が付かなかったのか?」
「俺の傍にお嬢がいる、お嬢の傍に俺がいるのが当たり前になっていたから……」
こいつ本当にポワシャオと共に海を渡って大丈夫なのか? ちょっとした事でハダ王子を殺しかねない。友としては、これは見てはいられない。
「まぁ、残酷に聞こえるかもしれないけど、結ばれない事は確かだよ」
俺の時と同じように、フランシスは言葉を継いだ。
「わかってる。お嬢の傍にいるだけで俺は幸せなんだ……」
俺よりも素直だ。
「さて、寝るか」
と、オリヴィエが言う。
「そうだな」
そう言ったのはコテツだった。
その言葉に従い、皆布団を被る。今日は余り行かない場所に行って緊張した。うなされる事のないように……そんな事を考えながら、俺は眠りについた。
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