第五十九章 ミントティー
宿に戻り、姫様方と別れて宛がわれた部屋に入ると、案の定俺たちを送り出した銃士たちが集まってきた。
「どうだったのだ?」
オリヴィエさんなかなか前のめりですね。
「俺たちの出る幕はなかったよな、コテツ」
「あぁ、両名とも始終二人の世界だった」
コテツは頷く。
「王子って格好良かった?」
と、フランシスが尋ねた。思春期の女子か。
「なかなかの好男子だったぜ。お嬢が一目惚れするのもわかるくらいだ」
コテツが自慢気に話す。
「好男子ほど裏切りやすい」
寝台に寝転んだマウロが、ぼそりと不吉な事を言った。なんて事を言うんだこの猫。
「そ、そうなのか?」コテツの声が震えてしまった。「だがお嬢を裏切った時点で、俺は処刑される覚悟でハダ王子を殺しにいく」
ほらこっちも殺伐としてしまったじゃないか。
「まぁまぁ、良いじゃないか。あくまでの話だろう? マウロ」
オリヴィエが慌てて間を取った。隊長も大変だ。
「からかっただけだよ、若いの」
マウロおじさんは片手をひらひらと振った。
「もー、不吉な事いうんじゃないよ」
と、フランシスが口を尖らせる。
「すまん、すまん」
マウロはフランシスに弱いようで、彼はコテツに向き直り、素直に謝った。
「良いって事よ。気にしてないぜ」
と、コテツは腕を組んだ。心が広いって素晴らしい。と、話していると──
「お邪魔ではないかしら」
扉を叩く音と共に、アイリスの声が聞こえた。
「大丈夫ですよ」
オリヴィエが答えた。
「ありがとう」
と、アイリスとポワシャオが部屋に入ってきた。アイリスも護衛の姿ではなく、ヴェストにパンツ、ブーツ姿だ。ポワシャオの方も、先ほどとは違う、ゆったりとした短衣姿だった。鳩を肩に乗せている。それにまだ、化粧を落としていないようだ。
「ポワシャオ様綺麗ー。鳩も可愛いね」その姿に、フランシスが呟く。そうして、「こっちに座れば良いよ。姫様も一緒に」
「そうさせてもらうわ」
アイリスは頷き、ポワシャオと共にフランシスの寝台へと座った。するとフランシスは声を潜め、
「男の話だけだと真意がわからなかったからね。で、王子様はどうだった?」
お前だって男だろう、と、皆が彼を見る。
「とっても素敵な方でした……気さくで、お優しくて……」ポワシャオ様再び目がハートマークになっています。「海を隔てているから、文通をしようとこの鳩を私に預けて下さって……」
「ロマンチックですね」
と、オリヴィエが言った。
「ねぇ……」
肩に乗った鳩を撫で、ポワシャオは呟いた。
これはだめだ。完璧に夢見る乙女状態になっている。
「おい、コテツ」
と、俺はコテツに囁いた。
「これからしばらくポワシャオ様の食が細くなるかもしれない。でも気にせず普段通りに接してやれ」
「なんでだ?」
コテツが首を傾げるので、
「恋の病ってやつさ」
俺は言った。
「複雑だな」
と、コテツはため息を吐いた。
その時だった。
「すみません、入ってもよろしいでしょうか?」扉を叩かれる。
「あぁ、大丈夫だ」
オリヴィエが答えると、
「夕食前にミントティーはいかがですか?」
全員分のグラスと、ポットが乗った盆を手にした宿屋の主人があらわれた。グラスの中にはミントが溢れている。
「是非いただきたいわ」
と、アイリスは言った。あれ? 猫にミントってだめではなかったか? この大陸で出された麦酒にミントが入っていたから、やはり獣人とただの動物では違うのだろう。それなら、喜んでいただきます。
「わかりました」
店主は言うと、真ん中に置かれたテーブルに盆を置き、低い場所から高い場所へと注ぎだした。なんかのドラマで見たことある。パフォーマンスに見えるが、茶に空気を含ませる淹れ方なのだと言う。
「どうぞ」店主がグラスを一人一人に手渡して行く。匂いを嗅ぐと、甘い砂糖の薫りがした。「それでは、お楽しみください」
一口飲むと、甘さが口の中に広がった。あとから来るミントのつんといた匂いが、良い味を出している。
しかしオリヴィエには甘過ぎた様子で、軽く咳き込むと、苦笑いをして、グラスを盆の上に置いた。
「だめ? 隊長」
ミントティーを飲み干したフランシスが聞いてくる。
「──飲んで良いぞ」
と、苦し気に言った。確かに結構甘い。酒好きには、甘過ぎるのかもしれない。ふと前を見ると、喜んでミントティーを飲んでいるマウロの姿がある。そう言う訳でもないみたいだな。
「なんだよ隊長、情けないな」
「お前にこの苦しさを別けてやりたい……」
オリヴィエは力なくマウロを睨む。隊長、余り迫力がありません。
外を見れば、既に夕方だ。沈みかけた太陽が、大きく見えた。
お読みいただきありがとうございます。
レビュー、感想等よろしければ書いてくださると幸いです。





