第五十八章 ハダとポワシャオ
朝になり、朝食をすませると、俺は昨日宿に帰ってからコテツに手渡された、ローファ国の護衛の衣服をまとい、コテツと共に姫様方が宿泊している部屋の扉を叩いた。
「あらコテツ」
あらわれたポワシャオが、眠たげな声で言った。
「おはようございます! お嬢、アイリス様」
コテツは声を張り上げる。
「おはよう」
と、部屋の奥からアイリスが歩いて来る。黒に限りなく近い朱い縁取りに、白い生地が使われている袷で、腰には帯のような布を巻き、レイピアをはしたその姿は、まるで男のようだ。己も同じ服を着ていると言うのに、この差はなんだろう。
「お似合いです、姫様」
と、俺が言うと、
「ありがとう」
と、少し照れたようにアイリスは笑った。
「それじゃあ、行きましょうか」
ローファ国の伝統衣装だと言う単衣姿に身を包んだポワシャオが言った。こうやって見ると、ポワシャオも中々の美人だ。
四人で階段を下り、宿屋の扉を開ける。
「お嬢、ちょっと待ってください。馬車を取ってきます」
と、コテツが言うので、
「俺も行こうか?」
と、言うと、
「あいつらは俺にしか懐かないんだ」
呆気なく返されてしまった。無念。
そうして、コテツが馬車を連れてあらわれ、姫様方は馬車の中に、俺は御者席のコテツの隣に腰かけた。馬車が動き出す。城が近付いて来た。
東の大陸からの移住者が、祖国を懐かしんで建てたと言う城は、まさにそれで、レンガ造りに、左右対象に高い塔が伸びている。
門前にいる兵士に、ハダ王子に逢いに来たと言う旨を伝えると、既に話が通っていたようで、馬車から下ろされ城の中に案内された。天井にシャンデリアが吊らされ、真っ正面の扉─恐らく王の間だろう─を抱くように、左右二つの階段が存在している。こだわったのは、外見だけではないようだった。早速従者があらわれ、
「これはこれはポワシャオ様。護衛様方も、遠いところをわざわざご苦労様です。ハダ王子も楽しみに待っておいででしたよ」
「ありがとう」
と、ポワシャオは言った。
「ささ、こちらへどうぞ」
従者は左側の階段を上がった。それに続き、俺たちも歩き出す。それからいくつかの扉を過ぎた頃、一つの扉の前で従者は足を止めた。
「ハダ王子、ポワシャオ様がいらっしゃいました!」
扉向こうにも聞こえるように、従者は声を張り上げる。
「入れ」
と、若々しい声がする。それに従い、従者が扉を開ける。広い部屋の中で、一人の青年がモチーフをデッサンしていた。
「はじめまして、ハダ王──」
「ちょっと待って」ポワシャオの言葉を遮り、ハダは言った。「今ちょうど良い所なのだ」
「わかりましたわ」
と、ポワシャオも素直に従う。
「それでは私は外でお待ちしております」
従者はそう言って、扉を閉めた。待って、ちょっと無責任。
静まり返った部屋の中で、ただ木炭を紙に滑らせる音だけが響いていた。ハダ王子の髪は黒く、肌も象牙色のそれだ。東の大陸の者と言われたら、誰もがそう思うだろう。
「よし、終わった」
ハダは一つ身体を伸ばし、俺たちを見た。
「お初にお目にかかります。ハダ王子様」
改めて、ポワシャオが膝を折り挨拶をした。
「やぁ──えぇと?」
「ローファ国の第三皇女、ポワシャオと申します。こちらは護衛のコテツとアイリス、シャルルですわ」
すると彼は早足でポワシャオに近づき、
「僕も三男なんだ。奇遇だなぁ」
と、彼女の手を取った。
「私たち、良い夫婦になれますかしら?」
ポワシャオが言うと、
「僕はこれから君を知って行く。だから君も僕を知っていって欲しい」彼は手に力を込めた。「手紙を書くのは嫌ではないかい?」
「はい、大好きです」
ポワシャオはうっとりと言った。するとハダは鳥籠から鳩を連れ出し、言葉を紡いだ。
「文通をしよう。この専用の鳩を飼って。まず君から鳩を連れ帰って手紙をくれ。足についた筒に手紙を入れてローファ国から飛ばして欲しい。頭の良い鳩だから、あとは大丈夫だろう」
「わかりましたわ」
よく見れば、ハダは中々の美男子だ。ポワシャオは一目見て恋をしたようだった。
謁見を終え、ハダの部屋から出ると、彼女はへたりと座り込んでしまった。従者が慌てて彼女の肩に手をかける。その瞳は、正しくハートマークになっている。
「大丈夫?」
と、アイリスが尋ねる。
「ええ、大丈夫よぉ……」
もはや心ここにあらずの状態だ。
「お嬢が王子を大変気に入られたようで良かった」
コテツは嬉しげだ。
「私たちがいなくても良かったわね」
アイリスが言うと、
「いいえ、アイリスが見守ってくれたから上手く話す事ができたのよ……コテツだけだったらきっとただ、どもってしまっていたわ」
と、ポワシャオが答えた。俺はいらなかったようだな。それはそれで良いのだ。
俺たちは従者に連れられ、城をあとにした。
「ハダ王子──素晴らしい方だわ……」
預けられた鳩を大事そうに抱え、呆けたようにポワシャオはその言葉を繰り返している。よほど彼を気に入った様子だった。
馬車に乗り込むまでの人混みの中で、ふらふらとする彼女を必死にガードするのは結構大変だ。俺がついてきた意味、ここにあり。
ポワシャオとアイリスを乗せ、馬車は走り出す。もちろん俺は御者をするコテツの隣だった。
「けど、良かったな」
と、俺が言うと、
「何が?」
前を向いたまま、コテツは耳だけをこちらに向ける。
「ポワシャオ様とハダ王子だよ。きっと良い夫婦になる」
するとコテツは少し寂しげに言った。
「そうなったら、俺の役目も少なくなるだろう。少なくとも俺はお嬢に寵愛されている」
「なんだよ、王子に妬いてんのか?」
俺は肘で彼をつつく。
「……っな訳ないだろ」
図星でしたか。
「まぁ、宿屋にはこの事を楽しみにしている連中が沢山いるって事だ」
と、俺は肩を竦めた。
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