第五十七章 夜市にて
夜市には、旅人らしき人や獣人が溢れていた。それぞれの店がランプの灯で照らされ、まるで星の海を漂っているようだった。
「凄いわ……」
と、ポワシャオが呟く。それは皆が最初に抱く感想だ。俺も、父親に連れられ近くの町まで出かけた時分に、同じような感情を持った。姫君二人を護る為に、彼女たちを真ん中にして、俺たちがそれを囲うように歩いていく。やがて外の席だが多人数に適した店を見付け、そこに腰かけた。
「ポワシャオ様は飲めるの?」
と、フランシスが聞く。するとコテツが、
「お嬢は紹興酒一杯で倒れるんだ。アルコールのないものが好ましい」
と、答えた。ポワシャオは顔を赤らめ、
「もうっ、コテツったら」
俯いてしまった。
「大丈夫ですよ。ノンアルコールもありますよ」
と、オリヴィエが笑う。
「ココナッツドリンクなんか美味しかったわよ」ポワシャオの隣に座ったアイリスがドリンクメニューを指差す。「同じドリンクを飲みましょう?」
「ココナッツドリンク……アイリスは飲んだ事あるの?」
ポワシャオが恐る恐る問うた。
「えぇ、とても美味しかったわ」
アイリスは頬笑む。
「じゃあ、飲んでみるわ。コテツ、ココナッツドリンクを二つお願い」
「はい、お嬢!」
元気にコテツは答えた。
「あとは麦酒で良いか?」
オリヴィエは辺りを見回す。
「大丈夫だ」
マウロが頷き、皆賛同した。
「ココナッツドリンク二つと、麦酒五つ。あと、この国で有名な料理を頼む」
オリヴィエの注文に、オーダーを聞きに来た店員が、
「ここいらならばタジン鍋が有名ですね。沢山の野菜と肉や魚を特製の鍋で茹でるんです。塩で食べると美味しいですよ」
「じゃあ、その鍋を二つ頼む」
「かしこまりました」
店員は店の中に入っていった。
間もなくして飲み物が運ばれて来る。
「それじゃあ、ローファ国とクォーツ国の発展を願って、乾杯!」
「乾杯!」
ココナッツの大きさにポワシャオはおどろいた様子だったが、紙ストローで一口飲むと、たちまち笑顔が咲いた。
「美味しいわ!」
「でしょ?」
アイリスは自慢気だ。やはり、俺たちに話しかける時と、友と話す時とは、口調が違う。当たり前だ。これが、身分の差なのだ。
「これが麦酒か」
香草の入った独特の麦酒に、コテツは納得いくまで頷いていた。
「この大陸の麦酒には香草が入っているんだ。全ての麦酒がそんな味じゃないぜ?」
と、マウロが言う。
「そうなのか? 恥ずかしながら初めて飲んだもんでな」
コテツが頭を掻いた。
「初めてじゃあ結構ハードル高くない?」
フランシスが言うと、
「まあな」
と、コテツが苦笑した。
やがて、タジン鍋が運ばれて来、店員が山のような形の蓋を取り去った。たちまち湯気が溢れ、キャベツやモヤシ、豆苗、なにより肉の良い匂いがした。
「味はついていますので、このままお食べください」
タジン鍋は野菜を取りたい時に食べると良いと、前世で聞いた事がある気がする。箸で肉と野菜を取り上げ、己の皿に乗せる。一口口へ運ぶと、肉汁が口の中で溢れ出した。肉から来るものかと思ったら、それは野菜から広がるようだった。逆に豚肉は、塩でさっぱりと食べられる。美味しい。
アイリスは皿に山盛りで野菜を乗せている。取り分けたポワシャオの皿も野菜が山積みなのが、少し可笑しかった。
「あー、美味しかった!」
タジン鍋を平らげ、フランシスが言う。
「姫様たちはどうだった?」
「とっても美味しかったわ」と、ポワシャオは答えた。そうして声を潜め、「ちょっと話しは変わってしまうけれど、明日のお話なのだけれど──アイリスと二人でさっき話した事があって」
……ん? どうしたんだ? 俺たちは耳をすませた。
「私とコテツだけでは怖いと言ったら、アイリスが護衛に扮してついてきてくれると言って……」
三人で行こうかと言う話になったの、と、言った。ちょっと待ってください。話が突拍子もなさ過ぎてついていけないぞ?
「つまるところ、姫様も皇女さまと一緒にハダ王子と逢いに行くと言う事ですか?」
慌てたように、オリヴィエが話をまとめる。
「えぇ、そうよ」
当たり前のようにアイリスはオリヴィエを見る。コテツもいる事はいるが、不安しかない。オリヴィエは俺たちを集め、
「おい、誰かついていって来い」
と、囁いた。
「誰が適任かな」
と、フランシスが言う。
「俺は上手く立ち回れる気がしないぜ」
マウロは肩を竦めた。
残るはオリヴィエか俺か──
「シャルル、行ってくれるな」
オリヴィエが言った。はい、わかりました。
「俺も護衛についていきます、良いですか?」
二人の姫に、俺は言った。
「シャルルも来てくれるの?」
アイリスが首を傾げる。
「コテツがいるとしても、コテツはポワシャオ様の護衛です。こちらからも、俺がついていきます」
「ありがとう、心配してくれて。考えてみればそうよね」
と、アイリスは顔を上げた。
こうして、明日俺とアイリスはポワシャオの護衛に扮し、コテツと共に王子のいる城に向かう事になったのだった。
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