第五十一章 カヌー遊び
「イアフ帝国に来たんなら、カヌー遊びをしなけりゃもったいないぜ?」
と、昨日朝食を食べた店で、朝食を取っていると、店主があらわれ言った。
「カヌー遊び?」
アイリスは首を傾げる。そう言えば、クォーツ国周辺にはそのような事ができる所はなかったな。
「カヌーと言う三ヶ月型の小さな船を川に浮かばせて、それに乗り込むのです。飲み物や食べ物を食べる事もあります」
と、俺は説明した。
「そうそう、良い答えだね、旦那。北の大陸にもあるのかい?」
「あ、いや、別に……」
俺は目を動かす。まさか前世の記憶だなんて言えない。他の銃士たちはそれを知っているので、思わず出てしまった言葉を取り繕う俺を楽しげに見ている。こいつら後で絞めてやろうか。
「面白そう! 乗ってみたいわ」
アイリスが言った。
「どこに行けば乗れるのだ?」
と、オリヴィエは店主に尋ねた。
「ほら、そこだよ。カヌーって書かれている」
店主は川の縁に掲げられた半円型の看板を指指す。確かにカヌーと書かれていた。
「ありがたい」
オリヴィエが言って、テーブルへ朝食代とチップを置くと、早速俺たちはカヌー乗り場へと向かった。
カヌー乗り場は、日の光を遮る簡単な屋根があり、受付の奥に調理場が見える。朝だからなのか、幸い余り観光客も少なく、並ぶ必要もなくすんなりとカヌーに乗ることができた。
「飲み物と食べ物はどうされますか?」
カヌーは屋根付きの上、案外大きく、五人乗っても漕ぎ手に十分なスペースがあるほどだった。皆が乗り込み座った時、店員がメニューを持って近付いて来た。皆で食べる用に魚のフライと、ポテトフライを頼む。あとは飲み物だ。皆で覗きこみつつ、
「姫様からどうぞ」
と、オリヴィエが言う。
「ココナッツドリンク一つ」
アイリスは言った。
「ボクはフローズンサングリアの赤かなー」
フランシスがそれに続いた。こいつ朝から飲む気だ。
「俺はパイナップルのカクテル」
俺が答える。すみません、俺も飲ませていただきます。
「麦酒二つ」
と、フランシス曰くおじさんたちがまとめて麦酒を頼む。そう言えば麦酒は昨日飲んだが、猫の好む薬草風味だったな。
「みんな朝から飲むのね……」
運ばれて来たココナッツの実を抱え、アイリスはじとりとこちらを見遣る。
う……っすみません。
フランシスは一緒に付いてきたスプーンでシャーベット状のサングリアを掬い、口に運んでいる。
「こら、料理が来てカヌーが動き出したら飲むものだろう」
と、オリヴィエがフランシスを叱った。
「別に良いじゃないかよー」
フランシスが言った時、丁度料理が運ばれて来た。してやったりとオリヴィエを見ながらフランシスは二口目を口にした。
やがて、漕ぎ手が櫂を操り、カヌーは動き出した。屋根の付いた乗り場から外へ出ると、どんどん岸から離れて行く。川の中腹くらいになった頃、船は緩やかに水の流れに身を委ね始めた。
「乾杯!」
と、麦酒と飲み物を掲げ一口飲んでみる。パイナップルにオレンジと火酒を混ぜたカクテルは、とても美味しかった。それに加え、朝から飲む罪悪感は美味しさを倍増させる。
魚のフライも塩のみの味付けだが、ほどよく揚がっていて、ほくほくとしている。フライドポテトは、カリカリとした細いタイプだ。
「心地良いわね」
水を手で掬い上げながら、アイリスは言った。細い指が浸かった透明な水、川の流れに沿って流れて行く。小魚が、時折アイリスの手の脇を通りすぎる。皆満足して、敷き詰められたクッションに倒れ込んでいる。朝から飲んだ所為だ。いや、それは俺もか。
兎も角、穏やかな朝だ。
辺りを見渡せば、向こう岸には、意外な建物が存在している。ピラミッドがある事に、俺はおどろいた。前世で見た映画、猿の惑星のラストシーンのようだ。いや、あれは自由の女神だったが。
やがて、カヌーは来た道を戻る。
「ありがとうございました。お客様」
と、言う漕ぎ手の声に、
「ん、もう終わりか」オリヴィエは瞼を擦り、「楽しかった」
と、漕ぎ手にチップを渡した。
受付でも金を払い、カヌー乗り場をあとにする。
「姫様、これからどこに行きます?」
宿へ戻る道すがら、オリヴィエはアイリスに聞いた。
「川を上ってみたいわ。帝都に行ってみたい」
「わかりました」
オリヴィエは答える。
「イアフ帝国の帝都──どんなところなのかしら」
アイリスは無邪気にはしゃいでいたが、微かな胸騒ぎがした。どうか、この胸騒ぎが勘違いであるように……。
やがて、俺はその真意を知る事になる。……





