第四十八章 土産
「次の島で、この船のツアーは終ります」
大丈夫ですか? と、昼食中にオリヴィエがアイリスに言った。ちなみに昼食は、ジューシーなハンバーグと野菜の沢山挟まれたハンバーガーだ。これもアイリスは食べた事がなかったようで、目を丸くして見ていた。
「最後の島は何があるの?」
アイリスが尋ねる。
「ルチェ諸島の最後の島ですから、これから絹の道を辿る品物が手数料を加えず安値で買えるマーケットがあるようです」
「旅には余り必要ない物が多そうね……」
「ガラス細工など、見るだけでも楽しいと船員が言っていました。割高になりますが、地方発送も行っているようです」
と、オリヴィエは言った。地方発送か。俺もクォーツ国の自宅に送ろうかな……切り子のグラスなど、フェリへのお土産に良いのかもしれない。
「そうね……お父様とお母様にペアにして送ろうかしら」
アイリスが少し乗り気になった。他の皆はどうだろう。
「ボクは眺めているだけで良いかなぁ。あ、でも良いやつがあったら買うかも」
と、フランシスは言う。
「俺は眺めるだけだな」
マウロはハンバーガーを頬張りながら、いくどか頷いた。
「隊長は?」
と、俺が問うと、
「俺か? 俺は買わん」
言い切られた。冷たい。
「まもなくルチェ諸島絹の道体験ツアー最後の島に到着します」と、船員が入ってくる。「この島を出ると船は南の大陸へ向かいます」
「南の大陸に行くのね!?」
アイリスが立ち上がる。そう言えば、俺たちもルチェ諸島からどこに向かうのか知らなかった。
「隊長、俺も知らなかったぞ」
と、俺が言うと、
「すまん、言い忘れていた」
との、とぼけた返事が返された。
「もー、隊長。ボクも聞いてなかったよ!?」
「そうだと思ったぜ」
フランシスとマウロがそれに続いた。
そんな事を言っている間に、船は最後の島に到着したようで、船員がデッキに続く扉を開き、
「トト島に到着致しました。滞在時間は夕方までになります。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
「ありがとう」
と、彼の肩を叩き、俺は言った。
デッキから見えたのは、防風林ではなく、平屋建ての広いマーケットだった。タラップから桟橋を渡り、島へと降り立つ。魚の並ぶ入り口を通り過ぎ、中へ入ると。切り子のグラスが目に入った。赤みを帯びた、透き通った切れ目が美しい。
「誰に送るの?」
俺がグラスを持つと、フランシスが横から覗きこんできた。
「ん? 大家のフェリさんだ」
「へぇ、良い品物だね。ボクも買おうかな。従者への贈り物に」
その言葉に、俺ははっとかの黒猫の顔を思い出す。エタン……すまない忘れかけていた。フェリに宛てる物と同じ色の、小さなグラスを手に取った。
マーケットには他にも、絹織物のハンカチや寝巻き、陶磁器のカップや皿が売られている。その他でも、とんぼ玉を使ったネックレスが美しかった。アイリスの首に、さぞかし似合う事だろう。
俺は会計に向かうと、地方発送を頼んだ。手紙も添えられる事ができると言うので、フェリ宛てに一通書いておいた。
フェリさん
いつもご迷惑をお掛けしているお詫びです。世界は本当に素晴らしさに満ちていますね。その中で見つけた品物です。よろしければお使いください。あと、違う箱ですが、エタンに宛てた物もあるので、彼が混乱していたら、「お前に宛てたものだ」とでも言っておいてください。
それでは、まだ帰国の予定は決まっていませんが、お元気でいてください。
シャルル・ドゥイエ
こうして、俺は二包みの荷物を託した。
と、あとは皆が終わるまで店を見て回ろうとした時、とんぼ玉のネックレスを前に、悩むマウロの姿があった。
「件の恋人に送るのか?」
俺が冷やかすと、
「少し悩んでいる」
と、案外真面目な答えが返ってきた。
「手紙を添えて送ると喜ばれるぜ?」
俺は言った。まるでこのマーケットの刺客のようだ。
「しかしなぁ、とんぼ玉を土産に持っているから、良いかなぁと、な」
そう言えばとんぼ玉の時に言っていたな。
「まぁ、俺が決める事ではないだろう」
と、俺は言って彼から離れていった。
外に出ると、オリヴィエがベンチに座り、マーケットの前にあった屋台で売られているイイダコの串焼きを口にしていた。醤油の良い匂いがする。
「結局買わなかったのか? 隊長」
「まぁ、な」
三つ連なっていた、最後のイイダコを食べると、オリヴィエは言った。俺もそうだったが、オリヴィエは余り過去を語らない。砂漠で聞いた、”妻”と、言う言葉でさえ彼の過去を知る鍵になりうるのだ。
やがて、他の皆が出口から出てくる。アイリスは、両親に贈り物をしたのだろうか。
「姫様も買ったの?」
と、フランシスがアイリスに声をかける。
「えぇ、切り子のグラスをペアで買ったわ。お城の住所がわからなかったから、お父様の一番の家来の住所に手紙を添えて送ったけれど……」それは家来もびっくりだろう。「あとはポワシャオ皇女にもとんぼ玉のネックレスを送ったの」
「仲が良いねぇ」
「だって初めてできた友達だもの」
アイリスは嬉しげに声を弾ませた。
空はまだ青々と澄んでいて、夕方にもなっていない。
「船に戻るのか? 隊長」
「皆もう良いな」俺たちを見回し、オリヴィエが言う。皆で頷くと、「では、船に戻ろう」
と、言った。
船に戻ると、船長がこちらに駆けてきた。
「お早いですね」
「あぁ。あとは南の大陸まで頼む」
オリヴィエは彼の手を握った。
「わかりました。出港致します」
船長は言って、操縦室へと消えた。
こうして、船は南の大陸に渡る事になる。アイリスにとって初めての大陸の上、最後の大陸でもある。
旅の終わりが、少なからず見えてきた。





