第四十六章 幸せな朝
太陽が昇り、俺は目を覚ます。窓越しの景色は青いばかりの海と空だ。嵐は去ったようで良かったと思った時、俺は両脇からホールドされている事に気が付き、冷や汗が背を伝った。
動けない。
フランシスは相変わらず強い力で腕を締め付けて来、アイリスは不可抗力になるのだが、胸へ俺の腕を収めている。それも、中々力は強い。あの、姫様案外大きいんですね。温もりが伝わって来ます……。
兎も角、起きなければならない。しかし、もう少しこのままでいたいなぁ。俺はしばし悩んだ末、起きる事を選択した。
さようなら、素敵な時間。
まずフランシスの腕をから己の腕を引き抜き、アイリスの方は静かに腕を外した。そうして、
「おはようございます!」
と、声を張り上げた。
「ん……なに?」
フランシスは起き上がり、目を開く。アイリスが眠たそうに目を擦った。
と、彼女はすぐに辺りを見回し、
「あ、私……シャルルの部屋に泊めさせてもらったのよね……」
と、呟いた。
「朝食も恐らくできているでしょう。外に出ましょう」
俺はアイリスを促し、フランシスを連れ部屋を出た。リビングには誰もいない。
「……早すぎた?」
俺が呟くと、
「おーい! こっちだぞー!」
外からオリヴィエの声がする。
「早く来いよ!」
それに続いて、マウロの声も聞こえた。
俺たちが訝しげにリビングの扉を開くと、そこには陸に上がり手を降る二人の姿があった。
「良くわかったな、起きたって」
タラップを駆けおり、俺は言った。
「丸窓から丸見えだぜ?」
マウロは腕を組む。良い視力をお持ちですね、マウロさん。
「朝飯は?」
俺が尋ねると、
「これさ」と、オリヴィエは片手に持ったバスケットを掲げてみせた。良く見れば、ハムの挟まったバケットが飛び出している。「たまには外で食事をしたいと言ったら作ってくれたのだ」
「船の前で食べるか? もう少し奥まで行こうか? ここは無人島らしいからな。どこででも食べられるぜ」
マウロが言った。
「そうね……もう少し奥に行きましょうか」
アイリスは微笑した。マウロもその答えを察していたらしく、着いてきな、と、ばかりに前を歩き出した。
案内されたのは、船からもそこそこ近い、蘇鉄の植わる小さな浜だった。オリヴィエがバスケットの持った手の逆に抱えたシートを俺に押し付ける。敷けと言う事ですね。
シートを開くと、皆がシートの上に座る。布製のシートは、座り心地ちが良い。彼はバケットサンドを取り出し、適当に取り分けた。俺は端を希望したが、願い叶わず中程の部分をもらった。
一口口内に入れると、マスタードのつんとしたスパイシーな香りが鼻に上る。それと同時に、バターの味とクレソン、ハムと言った中身の旨味が込み上げる。最後にパンの味が、それらを包み込んでいる。
「美味しいな」
俺は言葉を溢した。
さざ波の音が聞こえてくる。嵐のあとの海は凪ぎ、船内から見たように、雲一つない蒼空だ。雲が隠していた太陽がギラギラと、季節外れの暑さを示していた。
「今日はどんな島を回るの?」
と、アイリスが聞く。
「陶磁器が有名な島ですね。体験もできるようですが、乾かしてから窯で焼かなければならないと言う事で、クォーツ国にあとから送られてくる形になります」
「そうなのね、ありがとう」オリヴィエの答えに、アイリスは声を弾ませた。「陶磁器が先に着くか、私が帰っているか──楽しみだわ」
再び、アイリスが笑った。
「さて。帰りますか」
皆がバケットサンドを食べ終えるのを見届け、オリヴィエが立ち上がった。
「そうだな」
シートから砂を叩き、畳みながら俺は言った。
「もうちょっと、いたかったなぁ」
「ただ朝飯を食うためだけだったからな。そう長くいられないさ」
背後からフランシスとマウロの声がする。アイリスは、と、見ると、俺の隣を歩いていた。突然視界から消えたので少々焦った。
桟橋に上り、タラップに足をかける。足元の海水に波紋が広がる。俺たちの帰りを待っていた船長が出てきた。
「美味しかった。無茶を言ってすまない」
オリヴィエが言う。
「いいえ、いいえ。たまには息抜きになるでしょう」船長はニコニコと笑みを張り付けたままだ。「次の目的地はカーン島でよろしいでしょうか?」
「そうだな」
「わかりました。そちらに舵をきらせていただきます。リビングなどでお休みください」
「ありがたい」
オリヴィエは振り返り、
「さ、中に入るぞ」
扉を開けた。





