第四十一章 絹織り
ルチェ諸島へは、三日程の船旅で辿り着く事ができた。神話では神の怒りに触れ、天からの雷で砕かれたとされる大陸で、小さな島が集まった国だ。島それぞれ産業が発達し、俺たちが始めに降り立ったシーマ島も、絹の道の始まりの島で、織物が有名な島だ。
「では、昼過ぎにはお戻りください」
と、船長は言った。どうやら一つの船で、島々を巡る計画らしい。
「わかった」
そう言って、皆でタラップを降りる。木でできた桟橋が、ぎしりと音を立てた。
目前に広がるのは小規模な防風林だ。木と木との間に道がある。そこを抜けると、村が広がっていた。石で組まれた塀の奥に、赤瓦の建物が見える。どの家にも柑橘系の木が植えられ、かたんかたんと織物をする音が聞こえてくる。
「体験できないかなぁ」と、フランシスは言う。「姫様もやってみたいよね」
「えぇ、そうね」
アイリスが頷いた。
「観光にも頼っている所もありますので、きっと見つかりますよ」
オリヴィエが辺りを見つつ言葉を紡ぐ。織物体験か……少し興味あるな。
やがて村の真ん中辺りにきた時、”体験”の文字を掲げた看板を立てた工房があった。オリヴィエが中へ入ろうとすると、
「たまには私が聞いてくるわ」
と、アイリスが飛び出して行った。
「姫様!」オリヴィエの慌てた声が辺りにこだまする。「すまん、俺は先に行くぞ」
「別に皆で行けば良いんじゃない?」
と、フランシスがオリヴィエを制止させる。
「あの勢いだ。大丈夫だろう」
と、マウロも呑気に言葉を継いだ。
「そうか──?」
オリヴィエは俺を見る。なんで見るんですか。
「別に、姫様もしっかりしているし、大丈夫じゃないか? この工房に姫様を脅かすモノもいるとは思えないし」
皆で言い合っていると、アイリスが駆けて来た。
「大丈夫だそうよ! 行きましょう!」
とても嬉しげだ。姫様が嬉しげならもうなんでも良いです。
アイリスを先頭に、工房へと足を進める。工房には三つの織り機があり、俺たちの他には客は誰もいない。
「おぉ、大勢でわざわざこんな辺鄙な場所へ」
優しげな面持ちの主人らしき人間が頭を下げる。
「体験するのは私とフランシスと言う三毛猫、あとは──」
「あ、俺もやってみたいです」
思わず手を上げていた。
「ロシアンブルーのシャルルですわ」
「よ、よろしくお願いします」
俺はこうべを垂れた。
「よろしく」主人は言う。「ではまず、織り機の前の椅子に座って下さい」
言われた通り、三人で備え付けられた木の椅子に腰かける。目の前にはいくつもの細い糸が並び、奥は複雑な造りだ。
「ちょっと失礼しますよ」
主人はそう言って、機械と膝の間になにか布を敷き、織り機と繋がっている腰紐を俺の腰へと回し、取り付けた。
「それでは、皆さま杼を持って、織物の中心に通します。通しましたら、足元にある踏み木を踏むと、かたんと音がします。それを繰り返して絹を織っていくのです。では、繰り返してやってみてください」
お、案外簡単だ。杼を通すのが結構楽しい。横を見ると、アイリスが少し苦戦しているようで、額に汗を垂らしながら、かったんかたんと妙な音を立て絹を織っている。
「お上手ですね」主人が俺の織った絹を見、言った。「もう少し織れたら切ってミサンガにしましょう」
「わかりました」
俺は答える。隣で、アイリスの織り機が変な音を立てた。
「大丈夫ですか? 慌てないように」
そのアイリスを見、主人は言った。
「え、えぇ」
アイリスの焦り声を聞く。
「姫様頑張ってー」
背後から声が聞こえると思ったら、既に体験を終えたフランシスが、ミサンガを手に巻いてアイリスを応援している。早いな。
「あなたのも大丈夫ですね。ちょっと退いていただいて良いですか?」と、主人は俺の退いた織り機に座り、慣れた手付きで俺の織った部分を切ると、両端を結び、俺の手首に通した。「良い思い出になりますよう」
いや、姫様を抜いてしまった時点で、俺の黒歴史一つに書かれてしまいました。申し訳ない。
やがてアイリスもなんとか織物を織り終え、ミサンガをもらった。
「おじさんたちには無い、三人だけの思い出だねー」
などとフランシスは言った。
「誰がおじさんだって?」オリヴィエが腰に手をやった。「年齢で言うと俺はまだ29だぞ」
「性格がおじさん、って事」
その答えに、オリヴィエは肩を竦めると、アイリスに向き直った。
「そろそろ昼になりますね」
「時間を取ってしまったわ。ごめんなさい」
「いいえ、ご心配なく」
オリヴィエは歩き出す。防風林が近付いて来る。
防風林の道を越え、船のタラップへと急いで飛び乗った。
「ギリギリなってしまった。すまない」
オリヴィエが船長に言うと、
「いいえいいえ、もう少しゆっくりなさってもよろしかったのに」と、彼は答えた。「すぐに昼食をご用意致しますね」
「ありがとう」
と、俺たちは船内への扉を開いた。





