第三十七章 抱擁
船の中は以前海を渡った時と同じような造りで、船内への扉を開けると、ソファなどが置かれた広いリビング、四方に寝室への扉が設けられ、それぞれ海を見る事ができた。二人分の部屋は真ん中なので、ランプの光を頼らなければならなくて残念なのだが。
「姫様は外の見られる部屋にお泊まりください。……さぁ、誰が真ん中を取る?」
と、オリヴィエが言った。案外死活問題だ。
「サイコロがあるぜ」
マウロは言った。いつの間に手に入れたんだ。
「よし、そうしよう」
「そうだね」
勝手に話を進めないで下さい。
「ほら、いくぞ、シャルル。好きな数字を言え」
「え、じゃあ五で」
慌てて俺は言った。
「ボクは三……あ、別にシャルルと一緒でも良いよ」
フランシスは通常運転だ。そんな恐ろしい事止めてくれ。
「俺は四だな」
と、マウロ。
「じゃあ俺は一だ、よし」オリヴィエはマウロから借りたサイコロを振った。「三回振って出た目の順で部屋をとれる……いくぞ」
サイコロがテーブルの上を転がる。五出ろ、五!
果たして出た目は──見事に五を示していた。
「東側の部屋を貰うよ」
と、俺は言って荷物を持ってそそくさと部屋の扉を開いた。四畳程の細長い部屋に、寝室と、小さなテーブルに椅子が置いてある。荷物を置き、寝室に腰かける。ふかふかだぁ。試しに倒れこんでみると、思った通り太陽の匂いがした。
しばらくして、結論が出たのか、扉をノックされる。
「どうぞ」
俺が起き上がり言うと、静かに扉が開かれた。その主は……
「入っても良い?」
「フランシス」
フランシスだった。どうした? まさか本当に俺の部屋に来たのか? 彼がなにも言い出さず、尻尾だけがゆらゆらと揺れているのが恐ろしい。
「な、なにか用か?」
「別にキミの部屋をボクが指定した訳じゃないよ」
「そ、そうか」良かった。俺は胸を撫で下ろした。「部屋決めは結局どうなったんだ?」
「ん? まぁ、隊長が真ん中になったよ」
それだけ言って、フランシスは空いている椅子に腰かけた。居座る気だな。
「いや、ボクの部屋が西側でね、西日が眩し過ぎて目が眩んじゃって。話したい事もあるし……」
キミの部屋に逃げてきたって訳、と、語った。
そうか、もうそんな時間か。いや、そんな頃かと、言うべきだろうか。この世界には時計と言う概念がないようだ。人々は朝日が昇ると目覚め、日が沈むと眠る──そんな生活をしている。
「他の皆は?」
俺が問うと、
「みんなリビングにいるよ。姫様も出てきて。トランプでもやってるんじゃないかなぁ」そうか。どうしようかな。「部屋を出ようと思った?」
フランシスが頬杖をつく。
「いや、別にお前といても大丈夫だが……」
俺は呟くと、
「本当に? 良かったー!」
と、抱き締められた。もふもふする……じゃない、俺にはその気は全くないのだ。
「夕飯までだからな」
俺は彼を引き離し、釘を刺す。
「わかってるよ」
椅子に座り、フランシスは足を組んだ。少し厳しく言い過ぎたか? その声は少し潤み声に聞こえた。
「で、話って?」
「うん、まぁ、どうでも良い話なんだけども……キミは両親に愛された事があるって言っていたよね。ボクにも、幼い頃一度だけだけど、温もりを感じた事があるんだ。まるでお日様の中にいるような感じでね。まさか、それがお母様だったのかなってね」
「そうか……」
俺は小さく頷いた。これは普段の俺には甘えたがり、他には強がりの彼の言葉ではなく、幼少期の彼の言葉だろう。俺には、何もできないのが辛い。いや、一つだけできる事がある。
「フランシス、」
俺は彼の名を呼んだ。
「なに?」
フランシスが言うのを待たず、俺は彼を抱き締めていた。彼の耳が動く。心臓の鼓動が重なるのがわかる。これは、友としての抱擁だ。それ以上でも、以下でもない。
しばらく彼を抱き締めていただろうか。やがて日も沈み、部屋は暗くなり始めていた。俺はフランシスから身を離した。フランシス本人はなにが起きたかわからない様子で、目をぱちくりさせている。そうして、
「え、夢?」
と、言った。
「まぁ、そんなものさ」
俺はそう言って、微笑した。
「おーい、夕飯だぞー!」
扉の向こうからオリヴィエの声がする。
「さあ、行こう」
と、立ち尽くすフランシスの手を取って歩き出した。





