第三十六章 カモメ
砂丘を越えると、すぐに港町が近付いていて来た。土の上に白い塗料を塗った家が並んでいる。住人は皆が白い装束をまとい、人間の肌は小麦色だ。
馬車は町の中を進み、港まで行き着いた。
「交渉を頼むよ、隊長」
馬車を下りたオリヴィエに、フランシスが声をかけた。
「任せておけ」
そう言うと、オリヴィエは船乗りたちに紛れていった。
「ルチェ諸島までの船はあるかしら」
アイリスが不安げに言う。
「ルチェ諸島は絹の道──商人が行き交う導線の出発点だぜ? それにあの隊長の事だ。なんとかしてくれるさ」
とても頼られてますよ、隊長。
ちなみにルチェ諸島は絹の他に、食べ物や硝子細工などを島ごとに量産し、商人たちに売って生計を立てている。そこから絹が運ばれて来るので、絹の道の名がついたのだ。
「転んでもただじゃ起きないって?」
と、義者席から馬車の中に入ってきたフランシスが笑った。なんだかんだ言っても、オリヴィエは隊長として信頼されているのだ。
間も無く、オリヴィエが馬車の後ろの垂れ布を開き、
「船は確保できました。専用の馬屋もあり、馬車も積み荷扱いできそうです」
「そう、良かった」
ほっとしたようにアイリスは言った。
「それに……」
「それに?」
皆が聞き耳を立てる。
「乗客は私たちだけのようです。この大陸に来た時と同じように、リビング等、自由に使えます」
「良し!」
と、マウロの声が馬車の中で響いた。
「なに喜んでいるんだよ」
オリヴィエが言うと、
「また隊長から紙巻き煙草を奪える」
先の船の話か。オリヴィエの背中が刹那震えたように思えた。
「ほら下りろ。馬車を預けなければいかん」
オリヴィエに促され、皆が外へと出る。するとすぐに船員らしき柴犬二人が来、馬車を引っ張って行った。凄い力だ。
ボラードに繋がれた船の紐に、カモメが止まっている。アイリスが手を伸ばすと、数羽のカモメが彼女の腕に止まった。
「美味しそうなカモメ……」
じゅるりと、フランシスは唾液を飲み込んだ。
「行きますよー! 姫様ー!」既に船に乗ったオリヴィエが叫ぶ。「シャルル、二人を頼んだ!」
え、えぇぇえ、嫌だぁ。面倒臭そうだ。しかし、言われたからにはやらない訳にいかない。
「姫様、行きましょう。ほら、お前も」
と、俺はフランシスの腕を掴み、アイリスを呼んだ。その声に気が付いたようで、彼女は慌ててタラップを駆けてきた。
「ごめんなさい、カモメが……」
「カモメは海には必ずいます。きっと航海中にも出逢うでしょう。その時を楽しみにしていて下さい」
オリヴィエがやんわりと言った。
「で、お前は何してたんだ?」
彼はフランシスに詰め寄った。
「いや、カモメが美味しそうで……」
「はぁ?」
などと言っている間に、船は動き出す。オリヴィエも説教を止め、港から手を振る人々に向かって手を振った。俺もテープを貰い、見送りをするものたちに投げる。少女がそれを受け取り、頬笑んだ。ありがとう、お嬢さん。
こうして、ルチェ諸島の島を目指し、船は大海原へと漕ぎ出した。
 





