第二十八章 盗賊
「ねぇねぇ、夜は市場に行こうよ!」
王宮をあとにした時、フランシスが言った。外は既に黄昏時が近付き始めていた。
「お前寝るだろう」
と、オリヴィエが眉を寄せる。
「今度はそんなに飲まないからさ、ね?」フランシスは食い下がる。「違う町の市場にも行ってみたいんだよ、明日には出発するって言うし……駄目?」
膝を折り、オリヴィエを見上げながら、彼は懇願する。今度な泣き落としにかかったか。
「良いんじゃないか? もしコイツが寝ちまったら俺が担いで宿まで連れてくさ」
フランシスが一瞬嫌な顔をする。その言葉に、オリヴィエはため息を吐いて、
「わかった。シャルルはどうだ?」
俺に判断を委ねないでください。
「まぁ、良いんじゃないか?」
と、俺は言った。
「やったー!」
と、子供のようにフランシスは喜んだ。
こうして俺たちは、市場へと足を向けた。
クコウと同じくように、市場のある通りは活気づいていて、人が溢れていた。前のように適当に店で夕飯を買い、店と交渉してその店のものを食べる事を条件に、席を借りる。買ってきたものは、チマキや焼きそば、ピータンの和え物等々だ。席を借りた店で、餃子と紹興酒を頼む。よだれ鳥も美味しそうに思えた。
乾杯の音頭はオリヴィエがとるようだ。
「では、クォーツ国とローファ国の繁栄をねがって、乾杯」
「乾杯!」
ピータンに紹興酒。最高だ。
「クコウとはまた違った味だね、でも美味しい」
と、フランシスは尻尾を揺らす。
「そうだな」
運ばれてきた餃子を箸を器用に使い、俺は言った。食べると肉汁が溢れてくる。こんがりと焼かれた裏面も、もっちりとした皮も、勿論中身も実に美味だ。これは前世の時も食べた事がない旨さだった。
マウロが無言で次々と皿を空にするので、結局この店で色々と頼む事になった。
「騙されていたな」
と、オリヴィエが呟いた。
「何が?」
俺が尋ねると、
「いや、想像以上に料理も酒も美味い」
止まらなくなりそうだ、と、彼は続けた。そうですか、それは何よりです。そうして最後にジャージャー麺を平らげると、
「もう食えん」
と、己の腹を叩いた。
辺りを見ると、皆の残した物を次々に口へ運ぶマウロと、やはりうとうとし始めたフランシスがいた。これは帰らなければならないだろう。
「オリヴィエ、」
と、彼を呼んだ。
「ん、んあ? なんだ?」
「そろそろ帰ろう」
と、俺は持ちかける。
「そうだな」俺と同じく他のメンバーを見回し、オリヴィエは答えた。「おいマウロ、大丈夫か?」
「おう」
皿から顔を上げ、マウロは答えた。そうしてフランシスを見ると、
「よし、担いでいくぞ」
彼を荷物のように片手で肩へと担ぎ上げた。なにも気が付かず、フランシスは夢の中を彷徨っている。
こうして宿への帰路を急いでいると、不意に人影のない路地へ迷いこんでいた。先導していたオリヴィエが地図を読み違えたのだろう。路地の向こうは賑わっている。ここだけが、どこか異質に静かなのだ。
「すまん。向こうに急ぐぞ」
ローファ国の治安が余り良くない事を伝えておいたので、オリヴィエの声はどこか早口だった。
その時──
「よう、猫さんたち」と、明らかに怪しい三人組が声をかけてきた。「中々良いもの食ってたじゃねぇか」
「だからなんだ」
オリヴィエが答えると、
「金、持ってんだろ? 少しわけてくれよ」
一人が言う。絵にかいた通りの強盗だ。
「お前たちに渡す金はないな」
と、オリヴィエは言った。
「じゃあ力ずくで──」
強盗がそこまで言いかけた時、隙を付いてオリヴィエは彼の胸にレイピアを突き刺した。強盗がバッタリと倒れる。
「あ、兄貴ー!」
他の強盗が彼に駆け寄る。ご愁傷さまです。相手が悪かった。その間に、
「行くぞ」
オリヴィエが言った。
「待てよ」
背後から声が聞こえる。
「なんだ」
「兄貴を殺されてただですむと思うなよ……」
死体にすがり付いていた二人が静かに立ち上がる。一人が俺たちの背中に回った。
「マウロ、離れていろ。シャルル、助太刀を頼む」
「わかった」
俺はオリヴィエと背中合わせになる体制をとる。そうして互いに、強盗へレイピアを突き付けた。強盗は怯んで動けないようだ。
「怯えているようだったら家に帰った方が良い。皆死んでしまったら、俺が殺した男を誰が埋葬するんだ?」
「ヒッ」
オリヴィエの言葉に、彼らは死んだ兄貴分を担ぎ、逃げて行った。
「じゃあ、行くか」
オリヴィエは振り返った。
人に聞きながら、なんとか宿屋まで辿り着く。ランプの灯されていない部屋に、月明かりが入り込む。俺たちは互いに己の寝台へと向かった。フランシスだけはマウロによって寝台に寝かされていたが。
「いやぁ、大変な目にあった」
返り血の飛んだ服を着替え、オリヴィエは言った。
「しかし臆病なやつらで良かったな」
俺は布団を被る。
「そうだな。ただ、盗賊団の末端かもしれん」
気を付けよう、と、彼は言った。





