第二十七章 ポワシャオとアイリス二
夜が明けると、朝食にと出された粥を食べ、俺たちは王宮へと向かった。赤瓦で組まれた屋根の門を始めとして、そこから真っ直ぐに道が伸びている。道の左右には柱が立てられ、その向こうに建物が垣間見える。道は、奥の王宮まで続いていた。
「これは……」
「とんでもない建物だね」
フランシスが俺の言葉を代弁した。そのまま五人でポカンとしていると、兵士が慌てて駆けてきた。
「シャルル様でございますね、お待たせして申し訳ありません。すぐにご案内致します」
と、頭を下げた。
「気にするな」
俺は言った。そうして、王宮へ続く長い道を歩き出した。
「皇女様は後宮にいらっしゃいます」道すがら、兵士が説明する。「後宮には普段殿方は入れないのですが、獣人ならば大丈夫でしょう」
お、今さらっと差別用語使いませんでしたか? 全く気にはしないが。
やがて、王宮近くの小道を曲がり、門と同じ赤瓦の重ねられた建物の入口から後宮の中へ入る。平屋の後宮は中庭があり、人や獣人の女官や、顔の細い男─恐らく宦官だろう─が行き来している。中庭には色とりどりの花が咲き、心地の良い声で鳥が歌っている。
「こちらへ」少し行った所で、兵士が一つの部屋の入口を手で指し示した。入口には布がかけられていて、中を見る事はできない。「それでは、私は警護に戻らせていただきます」
と、去っていった。
「あの護衛、見るからに男だけど、入っても良かったのかね」
ぼそりとフランシスが言う。
「駄目だろ。だから急いでいたのだろうな」
オリヴィエは冷静だ。
兵士の足音が聞こえなくなった頃、布の隙間から、コテツが顔を出した。
「シャルル! 待っていたぞ」
「一日ぶりだな、コテツ」
俺が言うと、コテツは嬉しげに、
「俺の名前、覚えておいてくれたのか! お嬢! シャルルがいらっしゃいましたよ」
と、布を開いた。
「まぁ、いらっしゃい」昨日と変わらない笑顔で、ポワシャオは俺たちを迎えた。彼女はアイリスを見ると、「あなたは?」
と、首を傾げた。
「クォーツ国の王位継承権第一位の、アイリス・ド・ラ・マラン・クォーツと申します。昨日シャルルからあなたの事を聞かされた時から、お逢いできるのを楽しみにしていましたわ」
「アイリス様とおっしゃるのね、素敵な響きだわ。私はポワシャオ。この国の第三皇女です」
「ありがとうございます、ポワシャオ様」
と、アイリスは膝を折った。
「ま、まぁ、そんな形式張らないで結構よ。私たち、良い友達になれると良いわね」
「友達、って?」
と、アイリスはおうむ返しに聞き返した。
「友達をご存知ないの? 一緒にお茶をしたり、時には共に悲しんでくれたり、笑いあってくれる仲の人の事を言うのよ」
「それは護衛や従者ではなくて?」
「うーん」と、ポワシャオは答えを迷っているようだったが、やがて答えを出したようだった。「護衛や従者は仕事でしょう? それではなくて、身分も関係なく、もっと親密な仲かしら。これから私たちがなるような」
「私たち?」
「えぇ、お友達になりましょう? 私の事はポワシャオと呼んでくれて結構よ」アイリスの手を取り、ポワシャオは言った。「あなたの事、アイリスと呼んで良い?」
「え、ええ」
アイリスは幾度か頷いた。きっと慣れないのだろう。微かに押され気味だった。
「アイリスはどう言った経緯でこの国に来たの?」
ポワシャオは尋ねた。
「祖国の習わしで、王位継承権第一位の者は、ある程度の年齢になると世界を回る旅に出る決まりがあるの。それで、海を渡って来たわ。そこで……自分のルーツ、この黒髪を調べていたら、ハネズ国まで行き着いたのだけど……」
「ハネズ国?!」と、ポワシャオは驚いたようにコテツを見た。「このコテツも、ハネズ国出身で叛乱に紛れてこの国に亡命してきた過去があるの」
「そうなのか?」
と、俺がコテツに問うと、
「まあな。正式に言うと、お袋の腹の中にいた時に、だな」コテツは俺を見上げる。「で、お袋は難産の末に俺を産んで、産婆に見せられて、俺に名を付けて死んじまったらしい」
なるほど、案外暗い過去があるんだな。
「コテツは小さい時からの遊び相手なの」
と、ポワシャオはコテツを手招く。それに従い、コテツが歩み寄ると、頭を撫でられている。かなり気持ちが良さそうだ。
「……シャルル、ちょっと」と、アイリスが俺を見る。「しゃがみなさい」
あ、羨ましくなったな。俺もコテツと同じく跪くと、アイリスの手が頭に触れるのがわかった。容赦なくくしゃくしゃにされる事だろう。試しに、他の仲間に助けてくれと言う眼差しを向けたが、全員に顔を背けられてしまった。
散々くしゃくしゃにされ、解放される。撫でられるのは心地が良いが、隼人の心境的にどうなのかと思ってしまう。いや、もう隼人ではないので、シャルルとしての楽しみ、喜びに身を任せても良いとは思うのだが。思っているのだが。
「なんか納得いかないんだよなぁ」
「ん? どうした?」
呟きを聞いたフランシスが話しかけてきた。
「いや、何でもない」
と、毛が逆立ったままの俺は答える。なんかうっとりとしてしまって、恥ずかしかったなんて言えやしない。
「お茶とお菓子を用意させましょう。友情の証よ。猫さんたちもどうぞ。コテツ! ちょっと頼んで来て頂戴」
「はい!」
コテツの声が聞こえる。
そうして必死に毛づくろいしている間に、茶と菓子が運ばれて来た。茶はジャスミンの香りがふんわりと薫る。菓子の方は、月餅のようだ。
「美味しいね。初めて食べたよ」
月餅を口にしたフランシスが言う。
「貴族なのに?」
と、マウロが口を開く。
「貴族は貴族でも、大陸が違うからね。それに、父と母は他の大陸のシェフが作る料理を毛嫌いしていたから」
フランシスは肩を竦めた。
「そうよ、町の宿屋に泊まっているのでしょう? 良ければ後宮に泊まればいかが?」
カップを片手に、ポワシャオが言った。
「でも、明日には旅立つ予定なのに……悪いわ」
と、アイリスは断るが、
「まぁ! 一泊だけでも大歓迎よ。もっとお話したいわ」
「そう?」
アイリスはオリヴィエを見る。きっと宿との契約の事だろう。
「我々は宿に戻ります。姫様は、ここに泊まられてはいかがですか?」
「猫さんたちも歓迎するのに」
ポワシャオは唇を尖らせる。
「いえ、ご心配にはおよびません」
オリヴィエが答える。
「ボクたちは町の宿屋でも高級過ぎる位だから」
と、フランシスは言った。
「では、明日の朝お迎えに上がります」
オリヴィエが頭を下げた。





