第二十五章 コテツと言う猫
予想通り、ローファ国は赤瓦で、城を含め黒い塀に囲われた国だった。三方に馬車が入れる程の大通りがあり、城は一番奥にある。それぞれの入り口の門に名前がついていて、ちなみに俺たちが入ったのは、青龍の門だった。
大通りには店が並び、豚を一頭焼いていたり、粥を出す屋台があったりする。ちょうど大通りが交わるところから、真っ直ぐに城が見えた。
「国王様に逢えるかしら」
馬車の中で、城を見つめながら、アイリスは呟いた。兎も角、馬車が入れる宿屋を探さなければならない。見慣れない文字に、看板を頼りながらオリヴィエは店を探しているようだった。やがて馬車が止まり、オリヴィエが御者席から飛び降りた。
「交渉してきます。しばらくお待ちください」
と、言って宿屋の引き戸を開いた。
「良い匂いがするわ」
と、アイリスが俺に耳打ちする。きっと目前にある角煮饅頭の事だろう。
「買ってきましょうか?」
「いえ、大丈夫よ」
と、断られてしまった。
「ボクは食べたいかも」
フランシスが揺さぶりをかける。買ってこいと言うことか。
「全員分で良いんだな」
と、俺は草原で手に入れた金貨を持って言った。
「そうそう。よろしくねー」
馬車から降りると、中からフランシスの声がした。
店には行列がなく、すぐに買うことができた。買った角煮饅頭を手に持って馬車に戻りかけた時、
「泥棒ー!」
と、少年の声が聞こえた。
「ちょっと任せた」
「え?!」
フランシスに饅頭の入った紙袋を手渡し、俺は声の聞こえる方に走った。泥棒は、濡れ羽色に染めたパオを着たハチワレの獣人が追っている。少年のようだが、恐らく声の主だろう。
俺は少年と並び、
「何を盗られた?」
と、聞いた。
「財布や、鏡、他にも色々入っているお嬢の巾着だ。──協力してくれるのか?」
「あぁ」
相手は人に紛れやすい色のパオを羽織っている。俺は賑わう人の波を掻い潜り、泥棒を追いかけその腕を掴んだ。
「なんだよ」狼の男は首を振った。手に持った巾着が良い証拠だ。俺が腕を捩り上げてやると、その顔は痛みに変わった。「痛ててて、だからなんなんだよ」
「泥棒め。持ってる巾着を返して貰おうか」追い付いた少年が、短剣を泥棒の首に近付ける。「お嬢の大切なものだ」
「……わかったよ」
軽く舌打ちをすると、泥棒はそそくさと逃げて行った。
「協力を感謝する」
泥棒が去ったのを確かめると、少年は俺を見た。
「ローファ国は余り治安が良くないのか?」
思わず聞いてしまった。すると少年は、
「まぁまぁだな。ただ、貧富の差が激しい事は確かだ」
と、言った。人混みの中を、娘がこちらを目掛けて駆けてくる。彼の言っていた”お嬢”だろうか。
「もう、コテツったら」
息をきらせて、彼女は言った。
「いえ、ポワシャオ様の大事なものでしたから」コテツと呼ばれた少年は、巾着をポワシャオと言う娘に手渡した。「でも、ありがとう」
と、彼女はコテツを撫でながら俺を見、
「旅人さん、ですか?」
と、問うた。
「まぁ、そんなところです」
俺は頭を掻いた。
「この方が泥棒を抑えてくれたんです」
コテツは言う。
「ありがとうございます」
ポワシャオは幾度か頭を下げた。
と、そこで俺は思い出す。
宿、どこだっけ。
「お宿ならば真っ直ぐ行けばあります。馬車が止めてあったから、恐らくそこではないのでは?」
「そうですね、ありがとうございます」
俺は礼を言い、後を去ろうとした。その時、ポワシャオがとんでもない事を言い出した。
「私はポワシャオと言います。この国の第三皇女です。お礼をしたいのですが……よろしければ、明日皆さんで城にお立ち寄り下さい。見張りのものには伝えておきます」
おいおいなんだか大変なことになったぞ。しかし、そんな展開を期待していた俺も変わらない。
「お名前を」
と、ポワシャオが言った。
「シャルル・ドゥイエと言います」
「シャルル様ですね。覚えておきます」
それだけ言うと、彼女はコテツを連れて王宮へと歩いて行った。
思わず名乗ってしまった。これがなにを意味するかわかるだろう。なにも言わずに去ろうと思ったのに。
兎も角、この事を皆に伝えなければならないと、俺は馬車が置いてあったと言う宿屋を目指した。





