第二十四章 世界樹
やがて、葉の影が馬車の屋根に降り注ぐ。外を見ると、荒野から、細やかに草の生えた大地が広がっている。少し向こうに、赤瓦を屋根とした、黒い塀に囲われた町、その向こうに城が見える。ローファ国だろうか。馬車はゆっくりと止まり、
「着いたよー」
フランシスの声がする。やはり少し疲れているようだ。
「お疲れさん」
と、俺は馬車を降り、彼の肩を叩いた。このまま抱きつかれそうだったので、すぐに離れる。
目前には、太い樹がそびえ立っていた。何年、いやもっと、何百年この土地を見守って来たのだろう。根本には苔が生え、蔓草が絡み付いている。天辺は、雲に隠れて見ることができない。
「凄いわ……」
馬車から降りたアイリスが、感嘆の声を上げる。
「うわぁ……本当に噂に聞いていた通りだ」
と、フランシスが言った。
「凄いな」
馬車を置きに行って帰ってきたオリヴィエは呟く。マウロと言えば、余りの大きさに目を見開き黙したままだ。そうして、
「登りてぇ」
なんて事を言い出すんだ。猫は木登りが好きだと言うが、ここでは止めて下さい。
「物騒な事言うなよ。落ちたら死ぬぞ」
俺の気持ちを、オリヴィエが代弁する。さすが隊長、わかっていらっしゃる。俺たちがそんな会話をしていると、
「ようこそ、お客人」と、狐の商人が駆けてきた。「世界樹の見学ですかい? それとも、朝露や葉の購入になりますかね?」
うわぁ、商売っ気たっぷりじゃないですか。
「こんな高い木だ。朝露なんぞ採れるのか?」
オリヴィエは尋ねた。すると商人は世界樹の脇に伸びている葉付きの枝を指差した。
「そこに小さな芽があるでしょう。そこから採るんですよ」
なる程。
「そうか。ありがとう」
と、オリヴィエは踵を返した。慌てたのは商人だ。
「一日に一雫しか採れない貴重なモノですよ?! 今なら半額の25000オーロで売りますよ?」
「25000オーロか……」オリヴィエは思考して、「俺たちの一週間分の食料や宿代だな」
これを言われてはぐうの音も出ない。商人はごゆっくり、とだけ言い、下がって行った。
オリヴィエはアイリスに歩み寄り、跪いて彼女を見上げた。
「世界樹をもう少し見て行かれますか? それとも、ローファ国に入られますか?」
「そうね、ローファ国に行きましょう」
アイリスが言った。
「わかりました。馬車を連れて来ます」
「かっくいいー」
オリヴィエの態度に、フランシスは口笛を吹く。そうして、連れられて来た馬車に乗り込み、御者をオリヴィエに俺たちは世界樹を後にした。
「ローファ国って、どんな国なのかしら」
馬車の中、アイリスが興奮を隠せないように言った。
「ここから見えましたよ」
と、俺が言うと、
「え?!」驚きの声が返ってきた。慌ててアイリスが後ろのカーテンを引く。そうしてそこから顔を覗かせ、「あの、赤い屋根の城壁の?」
「恐らくそうかと」
「えー、ボクも見てない」フランシスがアイリスの側に寄って行く。「うわー、なんだか綺麗な配色だね」
マウロと言えば、
「俺は着いてから考える」
などと、あぐらをかいて、うとうととし始めた。皆さん呑気ですね。
不意に鼻に、香ばしい香辛料の香りが漂ってくる。ローファ国が近いのかもしれない。





