第二十三章 世界樹へ
「これからどこに行きましょうか」
オリヴィエの買ってきた地図を広げ、馬車の中で小さな会議を始める。
「これは姫様、あなたの旅です。我々は付いて行くだけです。酷かもしれませんが、自らお決めください」
前からオリヴィエの声が聞こえる。セキチク国とか言い出したらどうするんだ。反逆者として処刑台に上がるアイリスを思い浮かべ、俺は首を振った。
「それでは、ローファ国に行きましょう。近くにある世界樹と言う木に興味があります」
「わかりました」
淡々とオリヴィエは言った。
世界樹って、朝露を飲むとどんな怪我でも回復し、葉を食べると死者が復活すると言う噂の木だろうか。隼人だった頃プレイしたゲームに出てきた気がする。
「世界樹の噂は大陸を越えて聞こえて来ていたな」フランシスが甘えるように腕を絡めてくる。「朝露を飲むとどんな怪我でも回復して、葉っぱを食べると死者が甦るらしいよ」
あ、やっぱりそうなんだ。
「キミは、甦らせたいヒトとか、いる?」
「甦らせたいか……」
俺はもごもごと口をつぐむ。馬鹿らしい話だが、食べれば前世の俺に戻るのだろうか。父さん、母さん、そうして絵美。また、彼らに逢えるのだろうか。
いや、それこそ突拍子もない夢物語だ。
俺の態度になにかを悟ったのか、フランシスは、
「なにも言わなくて良いよ」
と、慰めるように言った。
「俺はお袋に生き返って欲しいな」マウロは腕を組む。「マザコンって言うんじゃないぜ? ただ、捨て子で、しかも獣人だった俺を自分の子のように育ててくれた、優しい人だったからな」
そう言えば、マウロは産まれて間もない頃、数人の兄弟と共に教会の孤児院の前に捨てられていた過去を持つと語っていた。本当の母の顔を知らないと言うのは、どんな気持ちなのだろうか。そんな俺の持った疑問に対してマウロは、
「なんて顔してんだよ。寂しいなんて思った事なんてないさ」
俺たちのやり取りを聞いていたアイリスが、静かに言った。
「みんな、辛い過去があるのね」
「ヒトは皆、辛さを背負って生きるものさ」と、マウロが言う。「姫様も、いつかわかる日が来る」
「そうね……」
「姫様にも、そんな人、いる?」
フランシスがアイリスに歩み寄った。
「私? 私は……」アイリスはしばし考え、「ごめんなさい、いないわ。みんな生きているから」
そう答えた。
「ふぅん」と、フランシスは俺を横目で見た。まだアイリスに前世の事は言っていないんだ。これからも言うつもりもない、お願いだから言わないで欲しい。彼は俺の耳元で、声をかけた。「ハヤトの事は言わないよ、安心して」
そうしてアイリスに向き直り、フランシスは言った。
「まぁ、みんな健康なのは良い事だね」
「……ありがとう」
その時、
「おい」前方からオリヴィエの声が聞こえた。「世界樹が見えるぞ」
ここからでも見られるなんて凄いな。と、彼は続けた。
「本当?」
アイリスが声を弾ませ、馬車の前方にかけられたカーテンを開いた。彼女の肩越しに、青々と繁る木が見える。あれが世界樹か。
「凄い、大きい……」
フランシスが俺の背中に乗り、呟く。ちょっと重いが、それは彼には結構なダメージを受けると思うので、黙っておこう。
「フランシス、お前の番だぞ」
ついでのようにオリヴィエは言った。
「えー、ボクもやるの?」
「駄々をこねるな」馬車を止め、オリヴィエが中へと入ってくる。「世界樹まで、頼むぞ」
「はぁい」
フランシスは少しむくれていたが、やがてカーテンを引き、御者席に腰かけた。かたかたと馬車が再び荒野を動き出す。
馬車の中では、山羊のスープしか飲んでいなかったオリヴィエが、食べ物の入った麻袋を探り始める。
「白いパンが美味しかったよ」
「お、本当か?」
白いパンを取り出しオリヴィエは、普段のこの男とは思えない程、嬉しそうにパンを頬張っている。本当に腹が減っていたんだな。しかし隊長、余りの食いっぷりに姫様が引いてます。
「隊長、あんまり食い過ぎるとあとで大変な事になりますよ」
マウロが麻袋へ伸ばされたオリヴィエの手を掴んだ。それにオリヴィエもハッと気が付いたようで、静かに手を引いた。そうして、
「無礼でした。……失礼しました」
と、アイリスにこうべを垂れた。
「大丈夫よ。みんなお腹は減るものだもの」
寛大な姫様になったものだ。
カーテンを開き前方を見ると、世界樹が近付いてくるのがわかる。なんだろう、わくわくする。
 





