第二十二章 旅の途中で
日が昇ると同時に、俺とマウロは御者を交代した。一晩中馬を駆けたのだ。少しよろけながら、マウロは馬車の中に入っていった。ありがとうございます。ゆっくり休んでください。
寝ている間に随分町を離れたようで、今の景色は草原と打って変わって、荒野が広がっている。国境は、越えたのだろうか。馬が大分疲れて来ているのがわかる。
「オリヴィエ」
と、俺は後ろに声をかけた。
「馬が疲れてきてる。少し休ませたい」
しばらく沈黙が返されたが、やがて、
「……何か見えるか?」
俺は目をこらして辺りを見回す。少し走った先に、村らしき影が見えた。
「村が見えるよ」
「じゃあ、そこに寄ろう」オリヴィエが言った。「国境はもう越えたからな」
どうやら無事にヨウシャン地方に入ったようだ。俺は村へと急ぐように、馬鞭を振った。
村は、大きなゲルのようなテントが点在する、小規模なものだった。きっと移動する民族なのだろう。馬車を止めて降りると、俺は村人を探した。一人の娘が、俺たちに気が付き駆けてくる。赤ら顔の、髪を紐と共に編んでいる。花々の刺繍の施された、ふんわりとしたスカートが印象的だった。
「旅の方ですか?」
と、彼女は言った。
「そうだ、馬を休ませたいのだが、それと──」
そう言いかけた時、俺の腹が大きな音を立てた。そう言えば、昨日夕食を食べ損ねたのだった。すると娘は、
「食べ物もありますよ。ご遠慮なさらずお食べ下さい」そう小さく笑って、出てきたテントへ顔だけ差し入れると、「父さん、旅人さんが来てるよ!」
と、言った。
「旅人?」
低い声がする。やがて、娘と良く似た顔の男がテントから顔を出した。娘は父親に似ると言うけれど、本当だな。
「ハポン地方からか?」
男は言う。
「いや、隣の大陸から海を渡って来たのだ」
「なんと?!」俺の言葉に、男は目を見開いた。「よくぞこのような辺境まで……どうぞ、休んで行ってください。サーシャ、馬の餌を用意してやりなさい」
はぁい、と、サーシャと呼ばれた娘はテントの裏へ駆けていった。案外せっかちな性格のようだ。
「ありがたい」
馬車からオリヴィエが降りてきた。
「我々は食料をいただくだけで良い。馬車の中で食べられるので」
「何人分ですか?」
「五人分だ。申し訳ない」
俺に代わり、オリヴィエが交渉を始めていた。やがて、両手に桶を持った娘がやってくる。馬の餌だろう。考えた通り、それは馬の前に置かれ、馬たちは喜んで口を近付け、食べ始めた。
こっちではオリヴィエが麻袋いっぱいに入れられた食料を馬車へ詰め込んでいる。フランシスがそれを受け取っていた。
「それと、これを」と、男は温かいスープをそれぞれ─馬車の中で眠っていたマウロや、アイリス、彼女を見守っていたフランシスの分もしっかりあった─手渡した。「旅で温かいものは余り食べられないでしょう。山羊のミルクのスープです。少しでも温まって下さい」
「おぉ、これはありがたい」
オリヴィエは俺にもスープを渡し、男に礼をした。なにせ猫舌なので、軽く冷ませてからスープを口にする。少し青臭いが、入っている玉ねぎやスパイスが、それを隠している。美味いな。
そんな事をしている間に、馬は餌を食べ終え、満足げな顔をしている。もうそろそろ出発できるだろうか。スープの入っていた器を返すと、俺たちは再び馬車へ乗り込んだ。
オリヴィエが今度は御者の席に座る。
「これ、美味しいよ」
と、フランシスに勧められた白いパンは、素朴な味がした。アイリスも目覚めていて、クルミのパンを手に持っていた。昨日の事を覚えているようで、やはりどこか悲しげに見える。
「昨日はごめんなさい、取り乱してしまって」
と、反省していた。
「誰だって怒る時は怒るものさ」
マウロが言う。たまに良い事を言いますね。そう言えば、アイリスの引いたジョーカーは、この事を意味していたのだろうか。
そんな事を思いつつ、俺は白パンを食べ終えた。





