第百九十三章 パレードを見送る影
「待っていたわよ、シャルル」
馬車の前で、アイリスは腰に手を当て、俺を待っていた。ヴェールは、いつの間にか取り払われている。
「すみません」
「大丈夫だよ、まだ馬車は走り出していない」
と、既に馬車へと乗り込んだボニファーツが言う。
俺は馬車の横に立ち、段を上がるアイリスへ手をさしのべた。
「ありがとう」
小さな声でアイリスは言い、馬車へと乗った。
「行ってらっしゃいませ」
俺は小さく頭を下げた。
「えぇ、行ってきます」
アイリスが頬笑む。やはりこの笑顔には勝てない。やはりボニファーツ、うらやましい男だ。
やがて、俺ような服装の従者が御者席につき、手綱を握った。
「アイリス様ー!」
「結婚おめでとう!」
両脇に集った来賓客たちが、騒がしく歓声を上げる。果たして街中ではどうなる事やら。
「はぁ、終わった」
人が去った礼拝堂を見つめ、俺はため息を吐いた。
「まだ終わってないわよ」
すかさず、ソフィが声をかけてくる。
「あぁ、そうか」
アイリスを馬車から下ろさなければならない。忘れていた。
「良い役よ? パレードから戻ったアイリス様に、一番始めに声をかけられるのだから」
「それもそうだな」
そう考えている俺の元へ、精一杯の上質な服をまとった黒猫が近付いてくる。
「ご主人、大丈夫でしたか? 刺されたと葡萄酒をくれた旦那からうかがいましたが……」
俺の従者にあたるエタンは、心配気味に声をかけた。
「あぁ、大丈夫だ」俺は腕を組んだ。「それよりエタン、良くここがわかったな」
するとエタンは、
「昨日遅くに宮廷料理と葡萄酒を持った例の旦那がいらっしゃいましてね、あっしにご主人が刺された旨と、今夜は王宮内に泊まると言う事を告げにこられたんですよ。ついでに、明日リーク大聖堂の扉の前に来れば逢えるとも」
口早にエタンは言葉を紡いだ。葡萄酒と宮廷料理を持った例の旦那とは、恐らくセドリックの事だろう。エタンを懐柔して、彼はなにを得ようと言うのだろう。
「あ、旦那!」
と、エタンは大きく手を振る。俺が振り向くと、セドリックが立っていた。
「昨日はエタンが世話になったようで」
「なに、偶々宮廷料理が余ってな。良い葡萄酒ももて余していたから、勝手に上がらせてもらったぞ」
「俺を探ってなにを考えているのだ?」
と、俺は疑るように尋ねた。
「単なる興味だよ。アイリス様お気に入りの新人が、どんな者かとな」
セドリックは胸の辺りで両手を振った。
興味本位で同僚の従者を餌付けしないで下さい。特に葡萄酒、舌が肥えたらどうするのだ。
勿論、そんな文句は飲み込んだが。
「とうとう行ってしまわれたな」
ぼそり、とセドリックは呟いた。
「なにが?」
「アイリス様さ。思えば本当に生まれた頃から支えている身にとってはどこか複雑な気分だ」
そうか、セドリックはゆっくりと年を取るエルフなのだ。アイリスの成長を誰よりも長く見てきたのだろう。
恐らく、父親のような気分のはずだ。
「そうか……」
と、俺は頷いた。
「旦那、またあっしに葡萄酒をくださいね」
エタンが言っている。
「今度はお前のご主人も交えて飲もうか」
セドリックはエタンの頭に手を乗せ、言った。
やがて、遠くに戻ってくる馬車が見える。来賓客たちの歓声も、再び聞こえてきた。
馬車は大聖堂の前で、ゆっくりと止まった。俺は急いでアイリスの傍らへ行き、馬車を下りる彼女の手をとった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
と、アイリスは笑顔を見せた。
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