第百八十七章 結婚式
「おい、気になるじゃないか」
リーク大聖堂内の廊下で、アイリスが礼拝堂へと向かって行く時だった。傍らを歩くセドリックが、肘で俺を小突いた。
「なにが?」
俺は首を傾げる。
「ほら、砂漠の国での話だ。アイリス様が襲われかけたとかなんとか……」
セドリックの問いかけに、他の従者たちも気になっていたのか、耳をこちらに傾けているように見えた。そうだった、なにも言っていなかった。
「南の大陸にある、イアフ帝国の王都に入ったところで、そこの皇太子様にアイリス様が見初められて、夜中寝ているところを俺たちを含めて運ばれて、俺たちは牢屋、アイリス様はその皇太子の部屋へと連れ去られた訳だ」
と、俺は一息ついた。
「その皇太子がアイリス様の仰られていたメル皇子か?」
「あぁ、そうだ。翌朝俺たちが目を冷ますと冷たい石の上でな、格子越しにアイリス様と件のメル皇子がいたと言う訳だ。その時にアイリス様が機転を利かせて眠っている牢番から鍵の束を奪って、わからないように俺たちへと投げてくれた。ちょうど牢を出るか出ないかの時に皇子の悲鳴が聞こえてな」
「シャルルたちが駆けつけた時には私は裸でメル皇子の首もとにレイピアを向けていたって訳」
そうよね、シャルル、と、アイリスが振り返る。
「アイリス様の仰る通りです」
ただでさえ美しい顔が、頬笑みにより、更に美しくなる。俺はそんなアイリスが大好きだ。大好きだからこそ、今回の役目を受け入れたのだ。
“絵美”と言う過去の幻から、脱却する為に。
「さあ、礼拝堂への道はすぐそこよ。シャッキリしなさい、シャルル」
と、ソフィが俺の背中を叩く。
やがて、子猫がやって来て、アイリスの長いヴェールの裾を持つ。それにつられ、俺も彼女の傍らにたった。
「緊張するわね、シャルル」
不意にアイリスが囁きかけてくる。あ、おわかりでしたか。
「す、少し……」
「そうどもるのが良い証拠よ。実はね、私も緊張しているの」
そりゃあそうだ。
「しかし、戴冠式よりかは緊張の糸がほぐれたかと」
と、俺は言った。お互い、顔は前の扉を見つめている。
「戴冠式の方が良かったわよ。自分の事だったから。でも、今回は相手がいるのよ? もし誓いの言葉を間違えたら? そう思うと動悸が止まらない」
だから、あなたがいてくれて心強い。と、アイリスは言った。
「扉を開きますよ、よろしいですか?」
従者の一人が前に出て、言う。
「お願い」
ゆっくりと音を立てて、扉が開かれる。思わず、口内に溢れた唾液を飲み込む。
しかし、扉の先の風景は、しんとした廊下が伸びていた。セドリックが先を行き、少し行ったところの扉の前に立つ。成る程、そこから礼拝堂に行くのか。
アイリスがゆっくりと歩き出す。俺も、慌てて足を踏み出した。セドリックの立つ扉の前にくる。アイリスが手を繋いでくる。
それは、震えているように見えた。それを慰めるかのように、俺は握る手に力を込めた。アイリスのため息が、聞こえた。
扉の前に辿りつき、扉が開く。
礼拝堂の中は、かつてないほどの歓声に溢れていた。不意に横を見ると、どうやって来たのか、ロッコ国からポワシャオとハダ、コテツが駆け付けている。銃士隊は警護の為に、参列者たちの座る長椅子の横に立っていた。
目前を見ると、ボニファーツ伯が待っていた。一歩一歩と彼へと近付いて行く時、礼拝堂の入口から悲鳴が上がった。驚いて振り向くと、逃げ回ったのだろうぼろぼろの身なりのモルガンが、サーベルを片手にこちらへと歩いてきていた。
慌てて銃士隊員が止めに入る。しかしそれを振りほどき、彼はアイリスへと矛先を向けた。
「危ない!」
俺が前に出る。肩に強い痛みと共に、アイリスの叫び声が、礼拝堂の高い天井に響いた。
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