第百八十五章 戴冠式
一週間後、王都は大いに賑わっていた。街角には屋台が出、麦酒売りがさまよっている。
まず戴冠式が行われる。俺は従者として出席していた。王宮内の王の間には参列者が集まり、着飾ったアイリスの登場を今か今かと待っていた。王冠を差し出すのは、暗殺されたクレチアンの代わりに兵隊長のイーヴが勤める事になった。イーヴは若干緊張気味に、王冠をうやうやしく掲げる小姓と共に、階を登った上で待機していた。
やがて、扉の前に別の小姓が立ち、声を張り上げた。
「新女王、アイリス様!」
扉が開かれ、赤いマントを着たアイリスが姿をあらわれた。マントの上からシロテンの毛皮を羽織り、そうして、長いマントの裾を、猫の小姓が持っている。
「女王陛下、万歳!」
どこからか声が上がる。
「万歳!」
「アイリス女王!」
王の間は歓声に埋もれ、アイリスが倒れてしまわないかと心配になる。
俺の心配をよそに、アイリスは只前を見て、敷かれた絨毯の上を進んで行く。覚悟を決めたその顔は、既に為政者のそれに変わっていた。
階の前に来て、アイリスは立ち止まる。そうして、跪いた。
「新女王、アイリスに神の加護があるよう……」
格式張った台詞をイーヴが綴り、小姓から受け取った王冠をアイリスの頭に乗せた。アイリスが階に上がり、客たちと向き合った。
歓声が、更に大きいものになった。前クォーツ国王は、国民に好かれていた。その愛された娘が、王座に立つのだ。喜ばれない訳がない。
ふと隣を見ると、セドリックが泣きながら前を見ている。
「アイリス様、ご立派になられて……」
俺は知らないが、ずっとアイリスに仕えてきたのだろう、泣いてしまうのは当たり前だ。回りを見回せば、ソフィも涙を流している。勿論他の従者の面々も。俺の頬にも、なにか伝うものがあった。
向かいには、銃士隊の姿がある。このような場面は初めての面子ばかりで、皆固まっている。オリヴィエは、誰かなにかをやらかさないが、逆に不安げだ。
実を言えば、俺もそっちにいたかった。
しかし、今はもう女王の従者の一人なのだ。それは叶わない夢だ。
「父王が亡くなり、不安を抱えている方も多いと思います。しかし、私は誓います。今まで通りの、戦のない平安を守ると!」
アイリスが声を張り上げた。再び歓声が上がる。
「素晴らしい演説です、アイリス様……」
セドリックがとうとうハンカチで顔を覆ってしまった。
「ボニファーツ・レオンハルト・シュトゥーベン伯爵との結婚式はこのあとリーク大聖堂で行います。女王はウエディングドレスに着替えられるので、参列者の皆様はリーク大聖堂にお向かいください」
と、イーヴが言った。とうとう来てしまった。俺はふらふらとしながら、セドリックたちと共に王の間をあとにした。
「良い事? 準備ができたら扉を逆にノックするから。勝手に入って来ないで」
リーク大聖堂の中にある一室の前で、ソフィが言う。部屋の中には、重苦しいマントを脱いだアイリスの姿が見える。
「わかっているよ、ソフィ」
と、セドリックは答えた。
「ほら、あなたも。わかった? シャルル」
「あ、あぁ」
「ボーッとしない! これから大事な役割が待っているのだからね」
ソフィにヒゲを引っ張られる。痛いです。
「わ、わかっているよ」
俺もセドリックに続いて頷いた。
「よろしくね」
その言葉と共に、扉は閉じられた。
「大変だな」扉が閉じられたあと、そこに寄りかかり、セドリックは口を開く。「シャルル、覚悟はできたか?」
「あはは、どうだろう」
と、俺は苦笑した。
「頑張れよ」
セドリックは言った。押し付けておいてなにを言う。結婚式は、間近に迫っていた。
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