第百六十二章 未知の味
「熱っ」
スプーンでオニオングラタンスープを掬い上げ、口の中に運んだフランシスが悲鳴を上げた。ほらー、やっぱり熱い。
そんな彼を尻目に、息を吹き掛け、掬ったスープの熱を冷ましている俺は思う。
「でも、美味しい!」
熱さに耐えたフランシスが言った。俺もそろそろ冷めた頃だろうと、舌先でスープに触れる。なんとか大丈夫そうだ。
まず始めに、オニオンの香りとコンソメスープが口一杯に広がる。そのあとから、チーズのクリーミーな味がした。
ふやけたパンの端をスープに沈め、スープと一緒に飲み込めば、なんとも言えない食間だ。今までふやけたパンなんぞ邪道だと、食べた事がなかったが、これはパンの概念自体を変える美味しさだった。
「勿論蓋も食べる事ができますよ」
と、コック長が言う。確かに、蓋はライ麦パンでできていた。
皆、一斉に蓋を割り、スープに浸す。一瞬だけ浸して、すぐにばりばりと食べるマウロ、細かくちぎり、スープにベトベトになるまでふやかしてスプーンでスープと共に食べるオリヴィエ、ライ麦パンを適当な大きさにちぎって、スープに浮かべ、ベトベトになる前に食べると言う、その二人を足して割ったような食べ方をするフランシス、そうして、フォークでパンを刺し、スープに軽く浸けて食べるアイリス……食べ方はもろもろだ。ちなみに俺はフランシスと同じような食べ方だった。
しかし、一点だけ違う事がある。それは、沈んだチーズも掘り起こして食べている事だ。
これがパンに絡んで最高なんだよなー。と、俺は一人でにやついた。
やがて食事が終わると、船長が笑顔で食後の飲み物を聞いてくる。
「なにがよろしいですか?」
「まだアイスラテが飲みたいわ。良い?」
と、アイリスが問うて来る。なぜ俺になんだ。
「ほら、未来の従者だからだよ」
フランシスが言った。一理あるかもしれない。
「あまり飲み過ぎてお腹を壊されないように……」
と、俺は言った。
「シャルルも飲まないの?」
俺も飲むの?! 思わず目を見開いてしまった。でもまぁいいか。
「飲みます」
俺は手を上げた。
「ボクもアイスラテ! だから、三つかな」
フランシスも手を上げ、三人で飲む事になったその時だった。
「俺も、飲んでみようかな」
と、マウロが言った。一瞬フランシスの額に見えたシワについては、知らないふりをしておこう。
「では、隊長様は珈琲と、お後アイスラテ四つでよろしいでしょうか?」
と、コック長が繰り返した。
「うん、そうだね」
よろしく、と、フランシスは言った。
「アイスラテ……どんな味がするんだ?」
初めてサイダーを飲む子供のように、マウロはどこか嬉しげに言葉を紡いだ。単なる冷たいカフェラテですよ。
やがて、再び厨房へ続く扉が開かれ、今度は船長のみで、片手に盆を持ちあらわれた。
「お待たせいたしました。珈琲と、アイスラテ四つですね」
一番端にいたオリヴィエから、珈琲、アイスラテと配られて行く。
「おぉ……」
目の前に置かれたアイスラテに、マウロが感嘆の声を上げた。
そうして、恐る恐るグラスに触れる。いや、アイスの珈琲と冷たさは同じですから。
「マドラーを使って混ぜると良いわよ」
と、アイリスがアドバイスする。それに従って、ついてきたマドラーでアイスラテをかき混ぜる。からんからんと心地の良い音が辺りに響いた。
そうして、ついにマウロはグラスに口を付けた。果たして味はどうだろうか。
「──旨ぇ」
と、彼は呟いた。
「でしょー」
フランシスが言う。また一人アイスラテの虜になった者が増えてしまった。
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