第百五十六章 眠れない夜
彗星を見たその日の夜、感動で中々眠りに就く事ができなかった。ごろごろと身体を動かしてみても、それは変わらない。どうしたものかと悩んでいた時、不意に扉が叩かれた。
「シャルル、いる?」
やはり姫様でしたか。
「いますよ」
俺は答える。
「入っても良い?」
「……どうぞ」
彼女の言葉に俺が答えると、扉が開かれアイリスが姿をあらわした。
「なんだか彗星に感動してしまって……」
「俺もですよ──あ、お座りください」
俺が言うと、アイリスは寝台に座って微笑み、
「やっぱりそうよね」
と、言った。
「もう絶対に見られないと思ったものがみれたのです。興奮して当然です」
俺は椅子に腰かける。
「次の彗星はいつ見られるのかしら?」
「新聞によれば三百年後らしいですよ」
「そんなに!?」アイリスがおどろいて声を張り上げた。そうです。そんなになのです。「本当に偶然の奇跡ね……」
「そうなのです、貴重な経験をされましたね、姫様」
と、俺は言った。かく言う俺も、未だに興奮が冷めていないのだが。
ふと、絵美と彗星の話をした事を思い出す。どこから仕入れてきたガセネタか、彗星と流れ星を一緒だと言い張り、論破した記憶がある。あの時は絵美も泣き顔だったな、そんな想いが、浮かんで消えていった。
「ねぇ、シャルル」
アイリスが俺を呼ぶ。
「どうしましたか?」
「また夜空を見上げましょう? 私、好きになってしまったわ」
これは元天文学部部長として嬉しい事だ。
「是非!」
と、俺は彼女の手を取っていた。アイリスは喜んで、
「私が即位したら、天文台を建てましょう。天文学の発展にも力を入れたいわ」
「ありがとうございます!」
思わず声を上げていた。いつになるかわからないが、天文学の発展は、喜ばしい事だ。いや、俺が好きなだけだが。
「シャルルも協力してね」
アイリスは続けた。
「はい、喜んで!」
俺は答える。まさか異世界で天文学に従事できるような立場になるなんて思えなかった。素晴らしい事だ。
と、その時──
「シャルル、入っても良いかい?」
新たな訪問者があらわれた。声の主は俺の答えを聞く前に、扉を開いた。
「どうしたんだ、フランシスまで」
フランシスはそう言った俺とアイリスを交互に見ると、
「姫様こそ、なんでここに?」
不思議そうに首を傾げた。
「彗星を見た興奮で眠れなくて……」
アイリスは言った。
「そっか……実はボクもなんだ」
なんで眠れないと俺の部屋を訪ねるんだ。お二人とも。
「綺麗だったものね」
アイリスが席を開ける。フランシスはそこに座り、
「ね、生まれて初めて見たよ」
尻尾をゆらゆらと揺らした。シーツにシワができるので止めて欲しい。
「皆そうだろう」
俺は言った。
「シャルルは前世で見た事なかったの?」
無邪気にフランシスは聞いてくる。
「え、前世って?」アイリスが聞き逃さなかった。ほらー、面倒になるー。「シャルル、あなた前世の記憶があるの?」
「えぇ、まあ。戻ったと言うか……?」
「すごい事だわ!」
あとで詳しく教えて、と、言われてしまった。絵美の事をどう隠して話すか、それが問題だ。
「なんて名前だったの?」
オリヴィエと同じ事を聞いてきた。
隊長、姫様と案外気が合うんじゃないですか?
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