表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にゃん銃士 ~姫を護るのはチートなにゃんこたち~  作者: 武田武蔵
第一部 世界大紀行編
15/813

第十五章 夜襲

 夕食は、思った通りカツオ尽くしの食卓だった。どこから藁を調達してきたのか知らないが、藁焼きに加え、カルパッチョやステーキ、刺身まである。今にも涎が出そうだ。

「美味しそう!」アイリスは嬉しげに言った。「これ、シャルルが釣ったの?」

「まぁ、そんなところです」

 俺は耳を掻く。先ほどの告白からか、アイリスが更に友好的になった気がする。もふもふは正義なのだろうか。

 それにしても、ここのコックは腕が良い。良い時間を提供してくれたコック長を呼んで下さい! などと叫びたくなる程の美味さだ。早速手を伸ばした藁焼きを食べ、そう思った。これは満足して眠れそうだ。

 そう思った矢先──船がぐらりと揺れた。料理が床に散らばる。勿体ない、そうは言ってられないか。

「なんだ?! また海賊か?」

 壁に叩きつけられたオリヴィエが叫ぶ。

「船は見えないぞ?!」

 マウロが丸窓を覗きこむ。

「きゃあ!」

「姫様!」

 アイリスを腕に抱え、俺は辺りを見回した。フランシスは上手く受け身をとり、無事なようだ。

 その時、船長が慌ててリビングへ飛び込んできた。

「クラーケンです! 巻き付いて来て離れません!」

「クラーケンだと?!」

 船長の言葉に、オリヴィエがおうむ返しに問うた。脳内に、昔聞かされた神話が思い浮かぶ。クラーケン──海の王者蛸の事だ。

「俺が行く」

 俺はアイリスをフランシスに任せ、外への扉を開く。オリヴィエが、あとから付いてきた。

「姫様の事はマウロとフランシスに任せてある。俺も一緒に戦うぞ」

「ありがたい」

 扉を出た先には、船の先端を巻き込んだ巨大な蛸の姿があった。足がすぐ足元に迫る。巻き取られたら大変だ。俺はそれを避けながら、先端の頭へ向かった。

 蛸は心臓が三つあるとどこかで読んだ気がする。エラに二つ、あとは本当の心臓が一つ。真水があればイチコロらしいが、今それを求める事はできないだろう。

 見つけたエラの一つ目の心臓へマスケット銃を撃ち込めば、青い血が辺りに飛び散った。驚いたように、蛸の動きが激しくなり、船が揺れる。それを堪え、俺は二つ目の心臓に同じようにマスケット銃を放った。青い血が気持ち悪い。残るのは頭の奥にある本来の心臓だけだ。マスケット銃を使うか、レイピアで突き刺すか──悩みどころだ。

 ふと背後を見遣れば、オリヴィエが足を切り落としにかかっている。レイピアでは切り落とせないので、あちらもマスケット銃を使っていた。

 俺はエラから頭に登り、ぶよぶよとする上を進む。心臓がどこにあるかわからない。これは破壊的のあるマスケット銃に頼った方が良さそうだ。

「この辺り……かな?」

 と、適当な場所を見つけ、銃を突きつける。

 その時、蛸は最後の抵抗のようにその身を揺らした。バランスが崩れ、俺は夜の海へ投げ落とされた。

「シャルルー!」

 オリヴィエが慌てて浮き輪付きの麻縄を、俺目掛けて投げ込む。冷たい海の中、必死にそれへと手を伸ばした。急いで掴まると、見ていた船員たちが引き上げてくれる。ありがたい。

「無事か?」

 蛸足と格闘しながら、オリヴィエが尋ねる。

「あぁ、大丈夫だ。心配ない」

 と、俺は再び頭の方へ駆けた。

「無理はするなよー!」

 オリヴィエは声を張り上げた。

「わかってるー!」

 俺も叫ぶ。そうして、もう一度蛸の頭へと登った。

よし、今度こそ──そう思い、トリガーを引いた。

当たったのか、蛸は声にならない悲鳴を発し、倒れた。滑り落ちるように甲板に戻ると、後ろから蛸の巨体が同じように落ちてきた。いまだピクピクと動いている。青い血や足が、甲板に広がっていた。

「た、倒したのか?」

 恐る恐る俺はオリヴィエに聞いた。

「一応な」オリヴィエは血だらけの俺の姿を見て、「まさか始めから弱点に突っ込んで行くとはな。この血は勇者の証だ」

と、俺の胸を叩いた。

船長が駆けて来て、俺とオリヴィエの手を握った。

「さすがです! 乗船時のお約束を守って下さってありがとうございます」

「乗船時の約束って?」

 俺が首を傾げると、

「あぁ。船に乗せて貰う事と引き換えに、何があっても必ず船を沈ませないと言う条件がな」

 なんて恐ろしい約束を交わしたんだ。

 まぁ、俺たちならばどんな敵でも倒す事ができるが。

 その時、コックが近付いて来て、

「大味かも知れませんが、明日の朝食に出しましょうか」

 クラーケンを?! 食う、だと?!

 余りの突拍子のない発言に、俺たちは顔を見合わせた。

「お、美味しいのか?」

 思わず聞いてしまった。

「例えどんな大きさでも、蛸は蛸でしょう。毒は毒消しと一緒に煮込みますので大丈夫かと」

 とんでもないコックだ。

「あとの清掃はこちらでさせていただきます。銃士さま方は船室のリビングでゆっくり休んでください」

 船長が言った。その言葉に従って、俺たちは船室への扉を開いた。

 中では、散らばっていたカツオ料理はすっかり片付けられ、アイリスはフランシスと共にカップを傾けていた。匂いからして、紅茶だろうか。マウロは煙草を吹かし、彼女たちを見ている。

「大丈夫でしたか?」

 顔を上げたアイリスが俺たちに駆け寄ってきた。

「姫様、今我々をお触りになられますと、血だらけになりますよ」淡々とオリヴィエが言った。「すぐに着替えます。お話はその後に……」

と、彼はリビングの隅でヴェストを脱ぎ始めた。それを見ている俺も、見ていられない姿だ。すぐ己のカバンを漁り、ヴェストとパンツを取り出し着替える。残っている汚れのない服はあとこれだけだ。明日にでも洗濯をしなければならない。旅に服は余り必要がないと言ったのは誰だ。

「良かった、二人とも無事で」

着替えた後、ソファに座った俺とオリヴィエを見、アイリスは言った。一度海に落ちたが、無事であった事に、俺自身も驚いている。あれは咄嗟に浮き輪を投げたオリヴィエと、引き上げてくれた船員のお陰だろう。

クラーケンに立ち向かった時、不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、己の勝利する姿すら見えたのだ。

やはり、これが噂に聞くチートと言うやつだろうか。

などと俺が真剣に考え込んでいる間に、他の皆は楽しげに話に花を咲かせている。それは俺の話にもなり、慌てて話の輪の中に入った。

「シャルルが頭に登った途端、クラーケンが暴れ出してな。彼は海に投げ出された。急いで麻縄付きの浮き輪を俺が投げたのだ」と、オリヴィエは芝居がかったように話をしている。「でも感心したよ。船に乗ってすぐにまた、クラーケンに向かって行って心臓に銃弾を撃ち込んだのだから」

 凄いだろ? と、続けた。

「すごーい、格好いい。さすがシャルルだね!」

 と、フランシスは俺に抱きついた。今日は色々とありすぎて疲れてしまった。俺はフランシスを引き剥がすと、

「ごめん、先に寝る」

 未練がましい眼差しの中、己の部屋に入った。室内は少し明るい。丸窓から外を見ると、フルムーン──満月だ。絵美が転校してきて初めての冬、放課後ハンバーガー店でデートして、帰りに見上げた空に浮かんでいたのも、確か満月だった気がする。あの頃が懐かしいかと問われれば嘘になる。しかし、もう隼人に戻る事はできないのだ。それに、今の立場を楽しみ始めている俺がいることも確かなのだ。

 いつまでもそんな事を考えていられない。睡魔は容赦なく俺の身体を、寝台へと導いている。もう瞼が重い。それに従い、俺は布団を被った。

 航海二日目の夜。波の音が、俺を眠りに導いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ