第百三十六章 模擬戦後のザッハトルテ
「シャルル、大丈夫!?」
アイリスが起き上がり、慌てて駆け寄る。傷は……幸いできてはいないようだ。
「大丈夫です。無傷ですよ」
「でもヴェストが……」
彼女は心配そうだ。
「縫えば良いんです。お気になさらず」
と、俺は落ち着かせるようにアイリスを抱き締めた。もふもふで落ち着いてくれれば良いけれど。
やがて身体を離すと、アイリスは俯いていた。
「死んでしまうかと思った、シャルル……」
うわぁ、泣き声だ。急所ばかりを狙っておいて何を言うんだと思うが、それが彼女なのだ。
「でも卑怯だぞ、わざと自分から当たって行くなんて」
オリヴィエが近付き、言った。
「そうそう! 面白くない」
と、フランシスが続ける。うるさい、模擬戦なんて勝てれば良いんだ。
「まぁ、でもやっぱり強いな、シャルルは」
感心したように、マウロが腕を組んだ。
「今度はマウロとやってみれば?」
フランシスが嬉々として声を上げる。
「やめてくれ」
と、俺とマウロの声が重なる。珍しいですね、マウロさん。
「なんでー?」
フランシスは言う。
「余り争い事は好みじゃないんだ」
「俺も、レイピアに関しては余り自信がない」
ちょっと待ってください。
「レイピアに関しては……?」
恐る恐る俺はおうむ返しに尋ねる。するとマウロは、
「こん棒に関しては自信があるぜ?」
やめてください。
「それは……ごめん、シャルル」
俺の表情を見、フランシスはこうべを垂れた。レイピアとこん棒なんて、レイピアごと吹っ飛ばされておしまいだ。
「なんだ、つまらない」
と、マウロさんはおっしゃる。だから、本当にやめてください。
「そうだな、勝負は一発でついてしまう」
オリヴィエも言葉を継いだ。
「シャルルは連戦だから、大変よ」
俺に寄り添い、アイリスが言う。いや、そう言う事でもありません。
「兎も角、俺はやらないからな」
と、俺は言いきった。
その時、
「あの、突然ですが、争うばかりではなく船内でお菓子でもお食べになりませんか?」
船長の声がした。
「お菓子!?」
フランシスの目が輝く。そう言えば彼は菓子に目がないのだ。
「はい」
と、船長と共に来たコック長が、片手に持ったクロッシュを取った。黒いチョコレートケーキだ。仄かに杏の香りがする。ザッハトルテだろうか。
「補給線から受け取ったチョコレートがあったので作ってみました。たっぷりのクリームを付けてお食べください。うちのパティシエの自信作です」
この船にはパティシエまで乗っているのか。その方がおどろきだ。
「美味しそう……」
うっとりとアイリスは言った。
「姫様も甘いもの、好き?」
フランシスが問うた。
「えぇ、大好きよ」
アイリスが頬笑んだ。
「よーし! 船内に戻ろう!」
「──全く、お前は元気だな」
オリヴィエがため息を吐いた。
リビングへと戻ると、既に人数分の皿が用意され、ボウルにはたっぷりとホイップクリームが入っていた。
コック長が真ん中に銀皿を置く。そうしてクロッシュを取り、ケーキを各皿に切り分けた。やはりザッハトルテのようで、杏のジャムが挟まれている。
「どうぞ、ご堪能ください」
と、コック長は言った。
「いただきます!」
フランシスの声と共に、皆ホイップクリームを掬い上げ、ケーキへと乗せて食べる。甘いチョコレートと共に、杏ジャムの酸味が調和して美味しい。それと共に、余り甘くないホイップクリームが相まって、極上の味を醸し出している。
「美味しい!」
と、アイリスは言った。
「そうだね!」
フランシスもそれに続いた。
オリヴィエやマウロも気に入ったようで、言葉には出さなくても、直ぐに皿が空になったことが良い証拠だ。
銀皿に乗せられたザッハトルテはあっという間になくなり、皆満足げな顔をしていた。
「お気に召したでしょうか?」
と、尋ねるコック長に、
「あぁ、満足だ」
と、オリヴィエが答えた。
「隊長が答えるなんて珍しいじゃねぇか」
と、マウロが呟いた。
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