第百十九章 馬屋の中
「今回は旅の帰りに降りた港から船に乗りましょう」
その方がロッコ国に近いわ、と、アイリスは言った。
「ロッコ国には港はありましたっけ?」
と、俺が聞くと、
「ラークの港町から川を隔てて少し行った所に、クックと言う港町がある」
馬に乗りながら器用に地図を広げ、オリヴィエが代わりに答えた。
そうなのか。あの、カヌーから見た、砂に埋もれたピラミッドがあった向こう側だろうか。
どちらにしろ、端から端に行くので、結構な時間がかかるだろう。その間は、アイリスと俺たちはある意味同じ立場なのだ。
少し嬉しい。
そう思いにやけた顔を、フランシスに見られていたらしい。
「なんだよ、にやにやして」
と、傍らに駆けて来て、言われてしまった。
「何でもないよ」
俺は前を見たまま、言った。
「なんだよ、つまんない」
彼はそう言って離れていった。馬は草の海を駆け、旅の最後に泊まった宿場町──リータの町を通り過ぎた。
そう言えば、肖像画はできたのだろうか。
「肖像画は届きましたか?」
俺はアイリスに尋ねた。
「まだよ。時間がかかるみたい」
と、アイリスは答えた。
「ポワシャオ様の結婚式に出席して帰って来る頃にはできてるんじゃない?」
フランシスは言う。
「そうね。ありがとう」
早く見たいわ、と、アイリスが言った。
いつの間にか、天に太陽は昇っている。遠くに、ジストの町が見えてくる。
「メルシィ・バッカナール……」
アイリスが思い出したように呟いた。あれは恐ろしい祭だった。
「今夜はジストの町に泊まりましょうか」
と、オリヴィエは提案する。
「そうしましょう」
アイリスは頷いた。
やがてジストの町の、赤い塀が近づいてくる。町に着く頃には、町は赤く染められていた。まるで、赤を愛した町の守護神に包まれているようだ。
宿はこの間と同じ宿にする事になり、オリヴィエが交渉をする為、馬を下りた。一応俺たちも馬を下り、手綱を握っておく。
間も無くオリヴィエが宿屋の扉を開き、手で大きな円を描いた。交渉成立だ。
「馬は馬屋に入れて置けとの事だ」
マウロに預けていた己の馬の手綱を受け取り、オリヴィエは先頭に立つ。
「了解、隊長」
俺たちは声をあわせ、手綱を引いた。アイリスもそれに倣って、馬屋へと足を踏み入れた。
馬屋の中は薄暗く、獣の臭いが満ちている。余り王族が入る場所ではないですよ、姫様。
そう言いかけても、アイリスは既に馬屋の中に入ってしまった。後悔しても遅い……。
「臭うわね」
アイリスが鼻を摘まみ、呟いた。ですよね。
「早く出ようよ!」
フランシスが彼女を促し、外へ出る。しばらく息を止めていたらしく、外へと出るなり、アイリスは大きく呼吸した。
「なんだったのかしら」
なんだったのでしょう。
ほとんど体験した事のない臭いだろう、アイリスはその大きな眼をぱちくりさせている。
「なにしているんだ、行くぞ! 姫様もお早く!」
宿の方からオリヴィエの声が聞こえてくる。と、言う事は既に夕飯ができていると言う事だろう。
「急ぎましょう」
俺はアイリスの手を取り、宿屋へと入った。
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