8.俺の嫁になれとは何事ですか?(アンジェリカ)
「お前、どうして俺の名前を書かなかった?」
婚活会場のビルの外。先ほどの態度の悪かった十文字葵だった。仁王立ちして、腰に手を回している。怒っている、機嫌が悪い、というのを体現しているポーズだ。分かりやすい奴だ。
関わらない方がいいや……。名前を書かなかったというのは、カプリングの事であろう。いや、普通にお付き合いしたいというような感じではないですし。
私は、そのまますっと十文字葵を避けるように歩道を歩く。せっかくだから青山のカフェでゆっくり本でも読んで帰ろうかとおもったけれど、このまま帰宅しよう。
「おい! 山田 舞! 何処へ行く!」
人の名前を勝手に路上で叫ばないで欲しい……。私は早足でその場を去る。
「おい! 山田 舞! 帰り道、間違ってるぞ!」
え? と私は立ち止まる。だが、自分の帰り道は合っている。というか、婚活会場から出て、左に曲がろうが右に曲がろうが、地下鉄の出入口はあるので、どちらに行こうが道を間違ってはいない。
一瞬でも騙された自分が口惜しい!
「山田 舞! 何処へ行く気だ!」
自宅に帰るのよ。
「山田 舞!」
しつこいなぁ。それに、大声で名前呼ばれて恥ずかしいわ……。
「山田 舞! 財布を落としたぞ!」
いや、落とさないし。って、手口がどんどん幼稚化してない? 財布落とすって……。誰が落とすか!
と、歩いていたら、向かいから歩いてくる人が、心配そうな顔で私を見ている。恥ずかしい……。
「山田 舞、財布落としたぞ!」
まだ言うか!
「あの、財布を落としておりませんか?」
向かいから歩いてくる人に、声をかけられた……。白髪の好好爺と言ったところだろうか。とても親切そうで、背筋がピッと伸びている。
「え?」
「あっ、いえ。向こうの人があなたに向かって叫んでいたので……」
「ありがとうございます」と私は、バックを開いて財布があるかないかを確認するフリをする。どうやら、この人は、私が財布を落としたと呼びかけられたのに気付いていないのだと思って声をかけてくれたようだ。親切な人だ。さすがに、その親切を無下にはできない。
「えっと……」
バックの中に財布はあったのだけど……。
「ありがとうございます」
と私は言って、道を引き返す……。
「おっ、山田舞。遅いぞ」と十文字葵は私が戻ってくるのが当然かのような態度だ。
「あの……何が目的なんですか?」と私は精一杯、不満そうな怒っている顔で言う。
「は? もう忘れたのか? お前は俺の嫁だ」
本格的にこいつは頭がおかしい。ピシッとしたスーツで、時計も高そうだし、髪型も清潔感があり、顔も悪くないから一応大丈夫だけど、これがちょっと不潔な感じのオタクのような人だったら、私は間違い無くこの場で警察に電話をしているだろう。
「ご縁が無かったのでは?」
「いや、もう決定事項だ」
「えっと、日本国憲法って知ってます?」
「俺を馬鹿にしているのか?」
「日本国憲法第24条。『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。』とあります。私は、あなたと結婚することを同意した覚えは私にはありませんが?」
一応法学部出身なので、これくらいは覚えているよ? だけど、この条文をナンパ? 避けに使うとは、事実は小説よりも奇なりだ。
「それならば、まずは内縁の妻からだな。事実婚というやつか。とりあえず3年、一緒に住むぞ。家はどこだ? 引っ越しの手配をしよう」
と、十文字葵はおもむろにスマフォを取り出した。
「ちょっと! 何言ってるの!」
「法律上の議論をしているつもりだが?」
「いや、そういう問題ではないのですが?」
「じゃあ何が問題なのだ?」
「えっと?」
何が問題? すべてが問題だよ!
「早く言え。何が問題かを明確にしなければ、問題を解決することなどできやしない。お前も社会人なんだろ?」
いや、なんか怒られた。というか、ディスられた……。どうして私が……。って……どうして私の問題解決能力に駄目だしをされている?
「えっとですね。十文字葵さん?」
「なんだ? それと、『さん』付けなど不要だ。俺は妻から『さん』付けされるほど、亭主関白ではない」
いや、そういう問題じゃ無いし。って、絶対あなた、亭主関白タイプだよ。そして、亭主関白は今時流行らない……。
「婚活、ということでお話しますね。まず、婚活は、先ほどのパーティーで、男性と女性が交流しましたよね?」
「いちいち俺の反応を見る必要はない。早く問題点を提示しろ。前置きが長い」
「…………物事には順序があります。まず、カプリングする。そしてその後に茶でも飲みに行く。連絡先を交換する。そして、デートを重ねて、告白。そしてお互いに良かったら、正式な交際が始まり、そして、やがてはプロポーズをして結婚ということになる。それが順序というものです」
「俺は形式に縛られるのが好きではない」
「私は、それを重んじます。つまり、私たちは、ご縁が無かったということでしょう」
「それでは困るのだ」
「私は困りませんが?」
「……分かった。今回は俺が歩み寄ろう」と言って、「おい、車を呼べ」と十文字葵が言う。
「畏まりました」と私の後ろで声が聞こえた。
って、え? さっき、私に財布を落としていませんか? と声をかけてくれた人だ。
ちょっ! この人もグルだった? ってこの好好爺さん、よく見ると燕尾服! まさか、これが執事ってやつだろうか!
路上に車が止まる。やばい……黒塗りのベンツ。やばい車だ。これはきっとやばい人たちだ……。
「山田舞、乗れ。さっさと行くぞ!」
「えっと?」
「お前が言い出したのだろうが。カプリングの後は、お茶でも飲みに行く。それが、お前の重んじる順序というやつなのだろ?」と十文字葵はさっさと車に乗り込む。
「山田様、どうぞ」
って、先ほどの「財布を落としましたよ」の人が、ドア横に立ち、車の扉を開けて待っている……。
これに乗ったら私は……きっと私は何処かに売られてしまう……。
プップーーーーーー
後ろからクラクションが鳴っている。この車が止まっているせいだ。そして、私が乗らない限り、この車は動きそうもない。というか、「財布を落としましたよ」の人は、私が乗るまで梃子でも動きませんというような……。クラクションにも全く反応していない。
プップーーーーーー
プップーーーーーー
「早く進んでくれ!」と車のクラクションを鳴らしている人が運転席から窓を開けて、そう叫んだ。
なんだか、私が通行の邪魔をしているような感じになっている。クラクションの音で、周囲の注目が私に集まる。
しかも、突然車を止めて、通行の邪魔をしているマナーの悪い人のように見られている……。
プップーーーーーー
プップーーーーーー あぁ、もう知らない!
私は、後部座席に乗り込んだ……。
・
・
・
「アンジェリカ様、早くお乗りください!」
私達は、ホテルの裏口から脱出を図った。レビテトの秘密警察。ホテルを包囲していた。鼠一匹ですら逃げることができないような厳重な包囲網であったのだ。
「ソフィアは大丈夫だろうか?」
「ソフィアにはリックがついています。それに、陽動であると分かれば、あいつ等も手荒な真似はしないでしょう」
「そうだと良いのだがな……」
私に変装したソフィアが、ホテルの玄関ロビーから脱出する。そして、その陽動の隙に私とキースが裏玄関から脱出する。
ホテルの料理人の一人に金を渡し、ホテルの食材を運んでくるトラックの荷台に乗せてもっている。
そしてその後は、私達はメタリカが手配してくれた飛行機で、フィクショナル公国へと帰還する。
鉄道も当然、秘密警察が目を光らせているからだ。断続的な銃弾の音が聞こえてきた……。ソフィアとリックは大丈夫だろうか……。
「アンジェリカ様、リック達が乗っているのは、要人用の車です。ハンドガン程度ではビクともしませんよ」
「そうであったな。こちらに気づいた者は?」
野菜の詰まった段ボールの隙間からキースが後方を確認する。
「追っ手はいません。上手く脱出できたようです」
「そうか……。あとは、メタリカ大使館までたどり着ければ……」
「そうですね。流石に、メタリカ大使が使う車を襲撃するほど秘密警察も大胆ではありませんよ」
「そうだと良いのだがな……」
「そんな暗い顔をしないでください」
「キースこそ、肩の傷は良いのか?」
「アンジェリカ様をお守りすることはできます。この命に代えましても」
「そなた達の忠誠に感謝する……」危険な陽動の役をかってくれたソフィアとリック。そして、キース。
私は、この者たちが命を張って守るだけの価値があるのだろうか。いや、価値があるのは私ではない。これから私が為そうとすること、それに価値が無ければならない。
私は、フィクショナル公国の、悲しみの希望にならなければならない。そうでなくては、私のために命を張ってくれているソフィア、リック、キースに顔向けなどできない。
私は、生きて祖国に帰る。必ず……。
「姫様……。メタリカ大使館はもうすぐです! 追っ手もいません」
・
・
「おい、山田舞。もうすぐ着く。って、さっきからどうして固まっている? お前は猫の置物だったのか?」
「は? えっと?」
そうだ。私は、婚活会場から出た十文字葵なる人物の車に乗り……。そして私は、何故かオシャレなイタリアンの店の前にいる。
お店の前には長い行列ができている。人気店なのだろう。
って、入口に『Close』という看板が下げてありますが……。どうしてこの十文字葵という男はそれに構わずお店の中へ入っていくのでしょう。それに、行列で並んでいるのだから、割り込みしちゃだめでしょ!
「山田舞! 早くお前も来い!」と十文字葵が入口の前で私を手招きしている。あなたの方こそ、招き猫のように手を振っているんじゃないわよ。
って、お願いだから、大声で私の名前を言わないで……って、今、四時だよ?
お店は、十一時から十五時時まで。あとは17時から23時までが営業時間と書いてあるけど? 今、仕込中、準備中、営業時間外ですよ!
「コース料理を頼む。お前はAとB、どちらが良い?」
行列に並んでいる方々の厳しい視線を浴びながら、お店に入ったら、いきなりコースの選択? って、コースのAとBの何が違うのか教えてよ。
って、お店の人も、お客を受け入れちゃうの? 営業時間外でしょ?
しかも、どうしてお店の真ん中のテーブルに座るの? ガラス越しに、外で並んでいる人から見えるでしょ?
『どうしてあの人達、店に入って行って、席に座って、料理を注文しようとしているのかしら?』って、思われているよ、絶対! 非難の目で見られているよ私!
「ようこそおいで下さいました、十文字様」
「おう。あっ。こいつは俺の嫁。山田舞」
「初めまして山田様。『ヴァ・ベーネ』の料理長をしております鈴木と申します」
「は、初めまして……。営業時間外に申し訳ありません」となぜか私が謝っている。おい、そこの十文字、暢気にメニューを見ている場合か!
「そのことでしたら、雑誌の取材と、と並んでいただいているお客様には説明致しますのでご安心ください。山田様はごゆっくりとおくつろぎくださいね」と料理長は笑顔だ。
だが、ガラス越しに突き刺さる視線が私にはとてつもなく痛いぞ。
「おう。Aコース二つ。ワインは適当なのを見繕ってくれ。赤ね」
「畏まりました」
「って、待ってよ。AコースとBコースって? さっき、私にどっちがいいか聞いたよね?」
「お前が決めるのが遅いからだ」
メニューを見る暇がなかったじゃない!
「だが……そうだな。山田舞は手順が大好きな奴なのだ。やはり、このカップル・ディナーセットに変更しよう。これで文句ないな?」
って、手順が大好き、とか変な紹介をするな……
「……もう、いいです」
「と、いうことで頼む」と十文字が言うと、料理長はキッチンへと行ってしまった。
広々とした店内。お客さんは私達二人。外には開店を待っているお客さんの長蛇の列。動物園の檻に入れられ、見世物にされる動物って、きっと今の私と同じ心境なんだろうな。
私はただのホモ・サピエンスですよ〜。地球上に七十億くらいいますよ〜。珍しいもんじゃありまえせんよ〜と叫びたい。いや、叫ばないけど。
「ところでだ。俺はいま、ミスを犯したことに気付いた」
ミスどころか、あなたはいろいろ間違っているよ。
「……」と私は腕を組んで頬を膨らませる。
とりあえず、こんな強引な手段は良くないと思う。
「まぁ、些細なミスだがな」
いや、自分で言うなよ。というか、かなり重大なミスというか、ほぼ事件だよ。
「それで? 何をミスしたと思うの? 私が怒ってるというか、迷惑しているって分かるでしょ?」
「俺も馬鹿ではない。それくらい分かる。つまり、俺は手順を間違えたな」
「は?」
何を言ってる。コイツ。いや、ついにコイツ呼ばわりになってしまった。
「だってそうだろ? たしか、カプリングの後、お茶をして、連絡先を交換して、デートを重ねて、だったな? だが、ここで食事をするというのは、デートの部類に入ると俺は思う。つまり、これではお茶と連絡先の交換という手順を飛ばしてしまったということだ。俺としたことが迂闊だった」
こいつ……全然分かってないや。開いた口がふさがらないわ。
「ワインをお持ちしました」
「すまない料理長。その前に、紅茶を頼む」
「紅茶でございますか?」
「あぁ。俺の嫁は手順を重んじるんだ。先にお茶を飲まないと気が済まないらしい」
って、それじゃ私が我儘を言っているみたいじゃない。
「紅茶要りません! 大丈夫です!」
「よろしいでしょか?」
「嫁が要らないと言っているなら要らんだろう」
って、だから嫁じゃないし。というか、嫁呼ばわりが一番手順を飛ばしているわ!
「ワインはテイスティングをされますか?」と料理長がボトルのコルクを抜きながら言う。
「あぁ。嫁に悪いワインを飲ませるわけにはいかないからな」
なんか、私に気を使ってくれているようなことを言っているのだけど、『悪いワイン』って、お店の人に失礼な気がするのだけど。自分で銘柄を選んでもいないくせに。
「ブショネだな」
「大変失礼いたしました。新しいのを持って参ります」
って、この男、ワインにティースティングで駄目出ししたよ……。普通しなくない? って、こういう場合、開けたワインの料金って客とお店のどちらが負担するのだろう。って、そんなことを気にしている場合じゃないのだけど、すっごく気になる。
「まぁ、良くあることだから気にするな」
良くあるはずないだろっ! って、私が気にしているのはそんなことじゃないわ!
私はボンゴレビアンコを食べながら十文字葵に尋ねる。ちなみに、ボンゴレビアンコは、使われているアサリが大きい。熊本県から生きたまま飛行機を使って直送されたアサリを使っているということらしい。有明海の恵みであるそうだ。
料理長自らが料理を持って来てくれて、そして料理の説明をしてくれるのは、大変恐縮だ。
「それで、どうして私達はこんな所で一緒に食事をしているのでしょうか?」
婚活パーティーが終わったと思ったら、変な男。そう、私の目の前でピザにタバスコを振りかけている十文字葵に無理矢理車に乗せられ、そして辿り着いたのは営業時間外のイタリア料理店。
しかも、十七時の開店を持っているお客の行列が出来ているのにかかわらず、そして、その人達から訝しげな目を見られながら、私は食事をしている。
「一緒に食事をしているとお前は言うが、さっきから何をメモしているのだ? それに、携帯で写真をとってどうする?」
「取材の体裁を取り繕っているのです。だって、営業時間外に堂々と食事をしているって、雑誌の取材ってことにしているんですよね?」
料理長の鈴木さんが言うには、私たちだけ食事をしているのは、雑誌の取材と説明するらしい。
だから、私は、ガラス越しに私たちを怪訝そうな目で見ているお客さんたちにそれらしく見せるため、メモを取ったり、写真を撮ったりしているのだ。
「それ、無意味だぞ?」
「どうしてよ! って、あなたも取材らしくしなさいよ!」
「雑誌の取材に来ているようなお店に、自分たちは行列で並んでいる。どの雑誌にいつ掲載されるのだろうか」
「は?」
「いま、並んでいるお客の心理だよ。大衆心理ってやつだな。『今日、人気の店に行きました。しかも、私たちが並んでいる時に雑誌の取材が来てた』と、SNSに投稿するネタが一つ増えたと喜んでいるところだってことだ」
「でも、騙しているってことでしょ? 私たちは雑誌の取材をしているわけでもなんでもないじゃない」
「山田舞。お前は根本的に勘違いをしている。俺達は、騙しているのではない。むしろ、喜ばせているんだよ。俺達が営業時間外に食べていることを外で並んでいる奴らは不満になど思っていない。むしろ、雑誌の取材が来ているところに自分たちは並んでいるのだ、という流行のトレンドを掴んだという満足感に浸っている」
「そういう発想、最低です。騙していることを正統化していると思いますけど」
「安心しろ。後日ちゃんと取材を入れて、体裁を整える」
「雑誌の取材って……そんなに簡単じゃないでしょ? 雑誌に簡単に載ることなんてできないでしょ」
「そのために広告費を払っている」
「払っているのは、このお店の人であって、あなたではないと思いますけど」
「お前は俺を誰と思っている?」
「十文字葵さんですよね?」
「その通りだ」
「……」
あ、このピザ美味しい。って、辛い! 十文字葵め……自分が食べるところだけでなく、全体的にタバスコをかけたなぁ……。あまり私はタバスコ好きじゃないのに……。せっかくのピザが……。
「おい、俺の話を聞いているのか?」
「聞いていますよ」ピザ、辛いよ。
「で、感想は?」
「感想? 何に対してですか? ピザに対してなら、ちゃんと自分の皿にピザを運んで、そこでタバスコをかけてください。大皿に載ったピザにすべてタバスコをかけるのはマナー違反だと思います」
「俺は辛党だ」
「私は辛いの苦手です」
「お前の好みは尊重しよう。だが、俺に手料理を振る舞うときは、辛めに頼むぞ」
ゴホォッと……。
ワインを噴き出しそうになった……。
「どうして、わたしが、あなたに、手料理を、振る舞わなきゃ、いけないのよ!」
「家庭とはそういうものだ。まぁ、毎日とまでは俺も言わないがな」
「……」
相変わらず、何言っているの、コイツな感じね。早くデザート食べて帰りたいわ。
「話が反れたな。それで、感想は?」
「だから、何に対しての感想ですか?」
「十文字葵の妻となることに対する感想だ」
「いや、あなたの妻にとかなりませんから。どこの誰とも知らない人と付き合ってもいないのに結婚とかしませんよ、普通」
「また手順の話か?」
「違いますよ!」
「そうか……。それで……お前は『TIME』を読まないのか?」
「『TIME』って雑誌の? 英語じゃないですか」
「そうか……読んでないのか……。新聞は?」
「新聞くらい読みますよ……馬鹿にしないでください」
「じゃあ、『十文字財閥』って聞いたことないか?」
「それは知っていますよ。日本最大の企業グループじゃないですか……。この前も、十文字財閥の総裁が来年度で引退をすると発表して、新聞の一面になっていましたし。あと、原子力事業の失敗で財政難に陥る西芝を十文字財閥が買収するっていう記事も載っていましたね」
「そうだ。ちゃんと勉強しているじゃないか」
「いや、これくらいは社会人として当然ですよね」
「……鈍いやつだな」
「あなたに言われたくありませんが?」
「俺が、その十文字財閥の次期総裁となる十文字葵だ」
「いや……。その冗談は色々と笑えないですよ」
「嘘だと思うなら、今月号の『TIME』の表紙を見て見ろ。俺の顔が載っている」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない。本当だ」
「えぇぇぇぇぇ! 嘘でしょ!!!!」
思わず大声で叫んでしまった。