5.会社帰りの悪役令嬢(アナスタシア)
「お先に失礼します」
今日は良い一日だった! 残業もほどほどで、七時前に気持ちよく帰れるって最高!! それに、ゴゴイチに青井先輩に渡した資料。先輩から褒められた!
それに、三時からは会議室で先輩と二人っきりの打ち合わせ。密室ってやつだね。内容は仕事の打ち合わせで、まったく甘い話はないのだけどね。雑談とかしたかった。特に、先輩のプライベートをそれとなく聞きたかったのだけど、まったく隙が無い! 難攻不落って感じ!
って、今日は金曜日。そして、まったく予定無し! どよ————ん。
って別にいいもんね。
明日は予定があるもんね! まぁ、予定があるといっても、婚活パーティーだけどね。どよ————ん。結構参加費用、馬鹿にならない値段なんだよね……。
いや、もったいないと言ったら朝のタクシーの方がもったいないのだけどね。
って、あれは先輩だ! 今日、珍しく早く帰ったと思ったら、まだ駅前にいたんだ……。って、誰だ!! 隣にいる女の人! 美人! 美人! 先輩と並ぶと、美男美女って感じだ。仕事も出来そう……。
うちの会社の人じゃ無いね……。会社にあんな美人がいたら目立つし、知らないわけがない。何処のだれ? 先輩と親密そうな……。
どこの馬の骨じゃあぁぁああああいいい!!!!
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「おほほほほほぉ!!!」
私は、トレードマークの金髪の縦ロールを右手でクルクルと巻きながら、水浸しとなった女を見下していた。
「あらぁ? ごめんなさい。手が滑ってしまったのよ。悪気はなくってよ?」
尻餅をついて水浸しになっているのは、平民の身で有りながらこの由緒正しい貴族の学園に特待生として入学した女、サリーだ。
そして私は、この国で一番の大貴族の娘、アナスタシア。取り巻き達に命令して、サリーを学園の裏庭に呼びだし、そしてバケツに汲んだ泥水をサリーに頭から被せたところだ。
「これに懲りたら、平民のあなたが、私の婚約者であるウィンツ様に近づかないことね! 身分を弁えなさい!」
そう。このサリーという女。平民出身のくせに、あろうことか私の婚約者であるウィンツ様に近づく身の程知らずの女なのだ。
「色目を使ってウィンツ様を誑かすなんて、さすがは下賤な血が流れているだけのことはありますわ」
「平民は、そうやって泥を被っているのがお似合いですわ!」
私の取り巻き達も、次々とサリーに向かって罵声を浴びせていく。
本当に良い気味だわ! 平民出身なのにつけ上がって! ウィンツ様は、平民にも優しい御方。ですが、その優しさにつけ上がって、二人っきりで魔法の勉強をしたり、図書館で勉強するなど、もっての他ですわ。それも、ウィンツ様には私という婚約者がいるのです!
婚約者の私ですら、なかなか二人っきりの時間を過ごすことができないというのに、平民の分際で生意気ですことよ!
成績優秀? 潜在的な魔法能力は王国随一? 所詮は平民でしょ? 魔法を使えるのは貴族の血を引いている者だけだ。平民が魔力など持つべきではない。
「淫売なのは、母親譲りということかしら? 平民のあなたが魔力を持っているというのは、つまりはそういうことでしょ? 私の婚約者に近づくなんて、とんだ泥棒猫ね!」
「お、お母さんのことは悪く言わないでください」
先ほどまで、うさぎのように震えていたサリーが、キッとした目つきで私を睨み返してくる。
「アナスタシア様に口答えなんて!」
「なんて無礼な!」
私の取り巻き達が次々と罵声を浴びせる。
「と、とりけしてください! お母さんはそんな人じゃありません! 母は父だけを愛していました!」
まだ言うか……。生意気な女……。
「お黙り! 火の精霊よ、古の契約に従い我に力を貸したまえ……ファイエル!!」
私は、魔力を極限まで絞った魔法をサリーに向けて放つ。皮膚を焼くほどの威力ではないにしても、サリーの髪を少しだけ焦がすには十分な威力だ。
「あっ……」
「これに懲りたら、二度とウィンツ様に近づかないことね!!」と私はサリーを恫喝する。恐怖に震えるサリー。狼に震える子羊のように、そして鈍間の亀のように頭を守るように両手を抱え、地面に丸まっている。震え、そして泣きながら。
本当に良い気味だわ! オホホホホホホホ!!!!!
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って、私は何を妄想しているんだろう……。それに、まるで私が悪役みたいじゃん……。
それに……駅で青井先輩の隣にいた美女は誰なのだろう……。先輩がお付き合いしている人とかなのかなぁ……テンション下がるなぁ……。さっさと家に帰って、寝よっと……。