4.お昼休み妄想(アンジェリカ)
会議が終わって、少し仕事をしたら昼休みになる。月曜日と金曜日の御前中は会議があるせいで、どうも仕事のエンジンというべきものは午後からかかる。
みんな思い思いにディスクから離れ、食事に行ってくる。
「新しくオープンしたパスタの店、いかない?」
同じ職場の人に誘われたけど、今回は断った。私は、午後一番で夏井冬樹先輩に資料を見せなければならない。最終チェックを昼休みにしておきたかった。
一旦作った資料を寝かせると、資料の粗って結構見つかるんだよね……。
でも、とりあえず先輩がオフィスにいる間は、とりあえず別のことをやっていることにした。
午後一番で提出する仕事を、直前の昼休みにもやっているというのは、急いで作ったというような印象を与えてしまいかねない。
先輩からの仕事は最優先で、気合いを入れてやっているのです。
そういうわけで、先輩がいる間は、適当にネットでニュースでも見る。
北の国の要人が暗殺されたって恐いな……。
・
・
・
私は街角で、追っ手が来ないかを確認して、後ろで控えているものたちに声をかけた。
「みな、無事か?」
「アンジェリカ様、キースが!」とソフィアが叫んだ。
ソフィアが私の護衛の一人であるキースの左肩の服の部分が血で滲んでいる。
「大丈夫です。弾がかすっただけです。弾も残っていません」
服が血で滲んでいる。早く手当ができるところに移動しなければ……。
「それより、何処の国の者でしょうか。使っていた銃を見た限り、レビテトの秘密警察のようでしたが。もちろん、偽装した他の国の可能性もありますが……」
「詮索は後回しにしよう。ここから一番近い安全な場所は?」
追っ手がまたやって来ないとも限らない。安全を確保するのが一番だ。
・
・
「ソフィア、キースの傷は?」
花の都パリの高級ホテル。講和条約締結のために各国の代表者が宿泊しているホテルだ。
フィクショナル公国の財政では、こんな高いホテルに泊まっている余裕などはないのだが、安全には変えられない。このホテルであれば、各国が独自に警備をしている。このホテルでは、私を狙った奴らも簡単には手出しできないだろう。
「止血と縫合は終わりました。ですが、血が多く流れています。2、3日は安静が必要だとお医者様が言っておられました」
「そうか。命には別状はないのだな」
「はい」
トン・トン
宿泊している部屋の扉が突然ノックされた。
緊張が走る。護衛の一人が扉の横で銃を構え、「朝露に濡れた葡萄は?」と合い言葉をドアの先の者に求める。
「新しい革袋へ」
正しい返答だ。部屋の中を支配していた緊張が解ける。
「リックです」
扉を開けて、リックを招き入れる。
「食料を買ってまいりました。市場で買って来ました。適当な場所で買ったので、毒などは混入されていないでしょう」
私は命を狙われている。そして、暗殺には多種多様な方法が存在する。そして、毒殺が古今東西もっともメジャーな方法だ。
滞在しているホテルは信用できるとは言っても、絶対ではない。ルームサービスを頼んでも、料理のボーイを買収して毒を混入することなどは可能だ。
それならば、市場で適当に買うのが一番良い方法だ。特定の店でパンを買うのではなく、ランダムに店を選ぶ。街を適当に歩き、見つけた店で購入するのだ。買いに行く時間もいつもずらす。
そうすれば、毒を混入させることができない。
「一体、どこの国でしょうか?」
「やはり、レビテトであろう」と私はそう確信している。
「講和条約がフィクショナル公国に有利なように締結されましたからね」とソフィアがそれに頷く。
「後三ヶ月。春が来て雪が溶けるのを待って、我が国に派遣している兵をレビテトは引き上げさせなければならない。レビテトからしたら、あと三ヶ月で実質的なフィクショナル公国への影響力は低下しますからね」
「今回は、フィクショナル公国の立地に救われたな」と私はため息を吐く。
「アンジェリカ様、ご謙遜を」とソフィアが言うが、本当に立地に救われたのだ。
戦争が終わり、講和条約が結ばれるに当たって、新しい戦争の火種が、その姿を現しはじめた。
資本主義国家と共産主義国家の対立。
共産主義国家の盟主であるレビテトは、共産主義こそが資本主義のアウフヘーベンだと主張している。そして、武力革命がそれを実現するための手段だと主張する。
だが、あと三ヶ月でレビテトはフィクショナル公国から手を引かねばならない。レビテトは、フィクショナル公国も共産主義国家の陣営に引き入れたかったのだろう。
だが、それを資本主義側の国家はそれを許さなかった。
フィクショナル公国は、資本主義陣営と共産主義陣営の国家の間に位置する国家だ。
資本主義国家からしたら、共産主義の波がハーラッパ大陸に広がっていくのを防ぐ防波堤にしたいのであろう。
共産主義陣営からしたら、防波堤など壊してしまいたい。
フィクショナル公国は両勢力の緩衝地帯となった。
資本主義国家は、フィクショナル公国の共産主義化を防ぐために、資金援助、物的支援を惜しまないと約束してくれた。
共産主義国家からしたら、はやくフィクショナル公国を共産陣営に引き入れたい。そのために邪魔になるのが、王族である私の存在。
私が死ねば、王族の血は途絶える。
王による支配でもなく、資本家による支配でもなく、労働者による新しい国を……。
共産主義の理想は分かる……。理想は分かるのだ……。だが……それは新しい戦争の火種だ。
戦争が終わって間もないというのに、今度は赤い旗のもとに、フィクショナル王国は再び戦火となるだろう……。
フィクショナル公国の民が、王など要らぬと言うなら、私は喜んで退位しよう。だが、私がいることが、資本主義陣営は、共産化を防ぐ手立ての一つだと考えて居る。モデルは、キギリスだろうか。「エリザベス女王に忠誠を」がスローガンであろか……。
資本主義陣営の支援があれば、フィクショナル公国の復興は確実に早まる。
私は、祖国の復興が終わるまで、倒れるわけにはいかない。
そして、国の舵取りを誤るわけにも行かない。
資本主義と共産主義の代理戦争などまっぴらだ。舵取りを誤れば、我が国が資本主義と共産主義の戦場になってしまう。
そうすれば、巻き込まれるのは我が国の国民たちだ……。
「リック、メタリカ大使との面会のアポイントを頼む。ソフィアは、キースの看病を。支援関係の確認を終わらせ、早々に国へ帰るぞ」
あと、少しで……。あと少しで国に帰ることができる……。長い戦争だった……。いや、まだ私の戦いは終わっていない……。