3.妄想会議(アンジェリカ)
私の会社は、月曜日と金曜日の午前中に会議がある。午前中は部署の会議で、金曜日は社員総出の会議である。
小さい会社で社員は多くないとはいえ、会議室に置いてある椅子だけでは足りず、パイプ椅子を並べて全員が座る。
会社の全体会議は、他の部署との横のつながりを保つために社長の方針で毎週行われている。だけど、あんまり他部署と議論すべきことが毎週あるわけではないので、あまり有意義というか効率的であるとは言えない。
この会議で場が盛りあがるのは、社内結婚をした人たちの結婚の報告があった時であろう。部署の人からお祝いの品を渡したり、社長が金一封を渡したりする。
ちなみに、経理の人から聞いたけど、社内規定では祝い金が社内結婚だと十万円だけど、貰った人曰く、もっと多いらしい。社長が自腹を切って、上乗せしているらしいのだ。
さすが社長! 太っ腹! ちなみに、これは私だけが知っているわけでなく、周知の事実。知らない振りしているけどみんな知ってる。
この金曜日の会議が一番盛り上がるのは社員旅行の行先を決める五月だろう。社員旅行の幹事は部署の持ち回りで、幹事担当の部署は、大変であったりするけどね。チケットの手配とかやら、そして、部署をあげての宴会芸の準備とか……。
業績が良い時はハワイに無料で行けたりするのだけれど、最近は箱根であったり軽井沢であったりする。沖縄とか行きたいなぁ。前期の業績だと、飛行機を使っての社員旅行は無理かなぁ。大型バスでの移動かな。
って……会議、退屈だなぁ。総務部が育児休業法の概要と、会社の制度や規約の説明などをしている。まぁ、既婚者には重要な話だけど、独身、彼氏無しの私には関係のない話であったりするわけだ。
目を瞑って寝ている人とか結構いるな……。確かに退屈な会議だよ。育児休業法って、独身・彼氏ナシの私には全然関係無い話だ。おとぎ話の世界だ。
熱心に聞いているのは……って、熱心にしている人で独身の人って、たぶん、近々結婚する予定があるんだろうなぁ。いいなぁ〜。メモ取っている経理部の子、今年中に入籍かなぁ。
それにしても、会議は踊らず、しかも進まず……。総務部の報告長いよ……。
会議かぁ……。
・
・
・
「それでは、我が国の国民に餓死せよというのか! 住む家も破壊され、何もかも奪われた! 奪ったのはゲルマニウムだけではない! 連合国も接収と称して多くを奪ったのだ! それを返してくれと言っているだけではないか!」
アンジェリカは、固く握りしめた右手で円卓を叩いた。アンジェリカは、フィクショナル公国の国家代表として和平条約のための会議に参加していた。
戦争は終わった……だが、平和を謳歌するにはまだ早い。
ゲルマニウム帝国の電撃的な侵攻は、ハーラッパ大陸を一時的に支配するに至った。しかし、キギリス、メタリカ、レビテトなどの連合国家の巻き返しが始まり、次々と占領された国家を解放していった。
そして、世界大戦は連合国側の勝利で終わった。
だが、戦争が終われば、それは新たな戦争の火種が燻りはじめるのである。
ゲルマニウム帝国の領土を如何に切り取るか。賠償金をいくら搾り取るか。自国に有利なように条約を締結しようと暗躍し始める。
・
「アンジェリカ様。失礼ではございますが言わせていただきます。貴国がゲルマニウム帝国に占領されたのを解放したのは、連合国、特にレビテト社会主義共和国連邦でございます。我が国の兵士たちの血が流れてこそ、貴国は解放されたのです。そのことを努々お忘れなきようお願い申し上げます」
レビテトの代表であるスターロンはそう言いながら自慢の髭を右手で撫でる。
「解放してくれたことには心より感謝する。だが、解放したにもかかわらず、まだ我が国に貴国の兵が居座り続けているのはどういったことだ。これではゲルマニウムが占領していたのと何も変わらないではないか!」
「それは無礼というものだ! 貴国が自分の国の治安も維持できないようであるから、こちらは兵を置いているのだ。感謝されるべきであって、文句を言われる筋合いなどないわ! そもそも、王制などという旧態依然の政治形態を即刻改めるべきだ!」
「それは内政干渉だ!」と私も負けじと叫ぶ。
「まぁ、お二方。落ち着いてください。そう熱くなっては進む議論も進みません。如何でしょう? 今日の会議はこれくらいにして、続きは明日ということにいたしましょう」と、この会議の議長であるメタリカのルーズバトル大統領が言うと、「賛成」の声が多数となった。
今や、自国の戦争被害がワイハだけであったメタリカは強大な力を持つようになった。スランス、キギリスなど、債権国であった国々が戦争で疲弊し、債務国へと転落した。
メタリカは世界でもっとも金を持っている国へと変わった。
戦争に勝者がもしいるのであるとしたら、メタリカこそこの戦争の勝者であろう。
そして、ハーラッパの多くの国々が、メタリカの物的支援を熱望しているという状況だ。
・
「長い会議、お疲れ様でございました」
滞在先のホテルの部屋で私を出迎えてくれたのはソフィアだ。中立国スミスに滞在しているときから、今まで、彼女にはお世話になりっぱなし。
「紅茶をお持ちしました」
ソフィアの煎れてくれる紅茶は美味しい。心を落ち着かせることができる。連日進まない会議。やっと平和が到来したのだ。だが、国民は今も貧しい生活を強いられている。いや、貧しいのは変わらないか……。
我が国にあるのは、アルプスから流れ出る豊かな水と、深い森。産業があるわけでもない。アルザスのように鉄鉱石が取れるわけでもない。
だが、貧しさの中で、民はみな、笑顔で生活していた。今はどうだろうか。戦争が終わったというのに暗い顔をしていないか。寡婦たちはずっと喪服を着て、顔を深いベールで覆い、ずっとハンカチで涙を拭いている。
早くなんとかしなければ……。
「ん? 今日の紅茶は、どこか違った香りがするわ。何か隠し味があるのかしら?」
茶葉は変わってはいない。だが、いつもより香りが甘い。
「ブランデーを少しだけ入れました。心を落ち着かせる効果があるのです。そんなにずっと眉間に皺を寄せてばかりいては、婿に来られる方がいませんよ」
ニッコリと笑うソフィア。そして、その気遣いに私の心は少しだけ落ち着いた気がする。
「それで……今日は何かあるのかしら?」
いつからだろう。ずっと心が張りつめている。父上は戦死し、私がフィクショナル公国の王女となった。
良い報告だろうか。それとも悪い報告であろうか。私はいつも眉間に皺を寄せている……。いつも祖国のことを考えている。しかし、今後どのようにこの国を導いていけば良いのか分からない。
「戦死者、行方不明者の名簿が届きました」
ソフィアが持って来たのは、ぶ厚い紙の束だ。そこには名前がびっしりと書かれている。
ソフィアから資料を受け取りそのリストを眺めていく。そして、アルフォンスのことを思い出す。
私が祖国を去った日。彼に私は命を救われた。アルフォンスは私に何を言おうとしたのだろうか?
アルフォンス。戦争は終わったわ。あなたは私に伝えたかったの?
戦死者名簿にアルフォンスの名前はなかった。そして、行方不明者にアルフォンスの名前はあった。
行方不明者。それは、行方が知れないという意味だけではない。
たとえば、爆弾によって跡形も残っていない場合も行方不明者となる。
アルフォンス……。貴殿は生きているのか? 生きているのなら、あのとき、私に何を言おうとしたのか、教えてはくれないだろうか……?
戦争は終わったのだ。あのとき、何を伝えようとしたのか、教えてくれ……。
どこにいるのだ、アルフォンス。
戦争はもう終わったのだぞ……
・
終わったのだぞ……
・
終わった……
・
コツン
「いたたた」
「おい、山田。いつまでぼぉっとしている? とっくに会議は終わったぞ?」
どうやら私は会議中に寝てしまっていたようだ。
私の頭を軽く手の甲で軽く叩いたのは、青井冬樹先輩だった。仕事もできて、そして何より格好いい。
私よりも3年先輩で、私と同じ部署。もうすぐ課長になるのではないだろうかという噂も絶えない先輩である。
女性社員の中で密かに作られているランキングにて、社内結婚するとしたら誰が良いランキングで毎年、堂々の一位に輝いている。
付き合っている人とかいるのかいないのかは、会社のどの女性社員も知らないし、男性社員も知っている人はいないらしい。
男性社員も知らないということは、付き合っている人がいないのであろうというのが定説であったりする。なぜなら、付き合っている人がいると男性社員が知ったら、当然、その情報を漏らすからだ。男性社員にとっても、ライバルは少ない方がよいにきまっている。
そして、私がずっと片思いをしている人でもある。今年もチョコレート渡せなかったけどね。
どれくらい好きかというと、先輩が残業しているときは、私は残業するほど。仕事が無くても残業をして、仕事をしている先輩を観察しちゃうくらい好きだ。
だって、「飲みにでもいくか?」と帰りに誘ってほしいじゃん?
「会議中の居眠りは感心できないぞ」と青井先輩が言う。
「す、すみません」
「頼んでおいた資料、ゴゴイチで見せてもらうからな」
「はい!」
先輩から頼まれた仕事は最優先! 気合いを入れて仕上げます!!