その鼓動は哀?
「部長、最近SNS上でやたら“いいね!”をすることで有名な先輩がいるらしいですね」
「……ああ、いるな」
「部長も知ってましたか」
「……この大学で知らないものはいないだろうな」
「へぇ……でも、おかしいんですよ。その人、“いいね!”しかしないんです。何のメッセージも無しに」
「…………そうだな……お前は息を止めれるか?」
「え、なんですか急に?まぁ、止めれますけど」
「……じゃあ、心臓を止めれるか?」
「いや、無理ですよ。止めようと思っても止めれません」
「……そういうことだ」
「何がですか?????」
SF研に行かない日は無いといっても過言ではない。もう日常と化してしまった。ちなみに現在新入生は僕だけだ。まだ体験入部期間なのだが、他に誰が1年生が来る気配はない。そりゃ変なサークルかもしれないけど、僕にとっては最高のサークルだ。
「こんにちはー」
挨拶をしながら、扉が開くのを待つ。そう、SF研究会への入り口は自動で開くのだ!
……開くのだ!
……。
………開かないや………。
SNSを確認する。そこには確かに「和室開きました」といういつもの、力強い意志を感じる書き込みがある。もしかしてミス?それとも、扉の故障だろうか?そう考え、僕は自分の手で扉を開く。
すんなりと開いた。
「こんにちは」
挨拶をして、中に入る。そこには、人がいた。しかし、見たことの無い人だった。メガネをかけた、知性を感じる人だ。同学年という感じはしない。恐らく先輩だろう。
「あの、こんにちは」
「……」
返事が無い……。
「こんにちは!」
「……」
返事が無い!無視!?少々悲しくなって顔をのぞきこむ。
「……!目を開けて……寝ている!?」
その人の目は確かに開いていたが、心ここにあらず。眠っているというのが正しい表現だろう。起こすのも悪いか、そう思ったときだった。和室の扉が唐突に開いた。しかし、そこには誰もいない。誤作動?しかし、そう考えている間に扉は数回開け閉めを繰り返した。
「まさか、本当に故障!?どうしよう……」
しかし、扉はすぐに閉まり、動かなくなった。かわりに、襖の扉が開け閉めされる。
「……!?」
一瞬の出来事だった。襖の次は窓。その後は電球が点いたり消えたり。テレビの電源が入ったり消えたり。ホワイトボードが地面から出たり入ったり。天井から梯子が下りてきたり。
うん?そんな機能まであるの!?この部屋……。
感心すること数十秒。そして、あたりは静かになった。
「なにこれ……すごい」
「動作確認終了。再起動終了……」
「おわ、しゃべった!」
メガネの先輩が急に話し出した。
「あ、あの」
「ああ、さっきは、扉ヲ開けれなくて、スマンな」
どこか片言である。
「てっきり故障かと」
「動作、チェックだ」
「あ、そうなんですか……じゃなくて」
「はイ」
そう、初めて会うのだから、挨拶ちゃんとしないと。
「あの、初めまして、僕は」
「いや、いいよヨそういうの。といウか、初対面じゃないシ」
「え?会ったことあります?」
「は? SF研にズっといるぞ」
見たことはないがあったことはある……となると?
「……あ、妖狐さんでしたか」
「ぶっぶー。我はここじゃぞー」
「!?」
元気の良い幼女ボイスとともに、妖狐さんが入室してきた。
「あ、やはり再起動しておったのか。扉が開かなくての」
「あー悪イ」
「え、あれ!?妖狐さんじゃない……!?」
「んん?」
ど、どうなっているんだ!?この人は一体!?
「……ははーん。なるほどなー。そろそろ正体を見せてやったらどうじゃ」
「ソり」
そういうと、メガネの先輩の姿にノイズがかかった。
「ん?」
目を疑ったが、それは実際に起こった。まるでテレビの砂嵐のような現象とともに、メガネの先輩は消えた。
「んな!??」
「ソウ、オドロクコトモ、ナイダロ」
「あれ、この声……!?」
スピーカーから流れてくる機械音声。いつか聞いたことがある。そう、部長と話しているときだ。では、まさか……。
「……ま、情報生命体ってやつだな」
「んぎゃーっ!?ぶ、部長!!」
「……なんだよ」
「いきなり後ろから話しかけないでください!!!」
「……あー悪い」
部長と妖狐さんから、雑ではないものの割りと適当な説明を受けて……。
「うーん……とにかく、和室の扉が開くのも先輩のおかげだったんですね」
「ソウダ」
「凄いや……凄いシステムだ」
「おっと、それは禁句じゃの」
「え?」
「オレハ、ツクラレタワケジャナイゾ」
「あっと……そうでした」
この人は、生きている。プログラミングとかではなく、自分の意志を持った、まさに情報生命体なのだ。
「……お前、スマホあるか?」
「え?ありますよ」
「……じゃあ、“ひとりごと”開いてみな。……アカウント、あるんだろ」
「ええ」
“ひとりごと”とは、世間一般で使用されているSNSの一種である。その名の通り、日常のどうでもいいことや、些細なことを発信することができるのだ。
「“いいね!”っていう機能があるじゃろ?」
「ありますね」
“いいね”とは、自分の気に入った“ひとりごと”のコメントをお気に入りにすることだ。このマークは心臓――「♡」マークで示される。
「……前に、やたら“いいね”をする人がいるって言っていたろ」
「はい。あ、今もいますね」
他人が“ひとりごと”で何をしているのかは“なにしてる?”欄で見ることが可能だ。そしてそこには今、“いいね!”を飛ばしまくる人、通称“ファボ魔”がまさに“いいね!”をしているところであった。一定のリズムで、次々に他人の呟きに心臓を投げつけている。ちなみに、ファボ魔というのは“いいね!”を多用する人を揶揄してこういう。
「……それは、こいつだよ」
「ええ!?そうだったんですか」
「……そうだ。そして、“いいね!”を止めることはできない」
「なんでですか」
「シネッテノ?」
「え?」
困惑する僕に妖狐さんがヒントを出した。
「新入生よ。お主は心臓を止めれるかの?」
「部長と同じこと聞きますね。無理ですよ」
「そういうことじゃ」
「へ??」
そういうことっていわれましても。もうちょっと説明してくださいな。
「だから、我々と同じじゃ。心臓が止まれば死ぬ。奴は“いいね!”ができなくなると死ぬ」
「そんな馬鹿な」
そこまで言って思い出す。「世の中、そうなっている」という言葉。あの時、部長は上手い話ばかりじゃないと言いたかったのだろうか。
それに、ここはSF研究会で、この人たちはSF研のメンバーだ。なにより、
――SF研究会には種も仕掛けもないさ――
あの部長の言葉に嘘や偽りは無かった。それに、そこまで“いいね!”をするのはそういった理由が無い限りしないだろう。信じよう。
「……それでこそ、SF研のメンバー(仮)だな」
「よ、読まないで下さいよ……」
「じゃあ、ファボ魔さんは気がついたら電脳空間にいたと?」
「んー、まぁそう言えルかな」
「講義とかはどうしてるんですか?」
「ホログラム。ま、別に出なくてモね。後から情報改ざんスルし。しないけド」
僕はファボ魔先輩と話しこんでいた。機械合成言葉では聞き取りにくいと言う僕の理由で、人間の姿――ホログラムで話してくれている。それでも妙な話し方だが。ちなみに、“ファボ魔”とは僕が名づけた。当人は“名前とかなんでもいい。正直田中でもいいわ”と言っていた。
「……ファボ魔ねぇ」
「安直でしたか」
「いいんじゃないかの?」
「ジャア、ソレデ」
「ファボ魔さんがそういうなら」
そのとき、和室の外に人の影。どうやら、体格からして可変先輩だ。……あれ、開けないのかな。
「開けなくていいんですか?」
「エ?ヤダ」
「ど、どうしてですか」
「キライ」
あ、いつぞや可変先輩が言っていたのはこういうことか。でも嫌われる対象はシステムじゃなくて電脳生命体でしたってオチね。
僕が納得してスッキリしている間、誰も扉を開けようとはしなかった。廊下で可変先輩のウオォンという悲しみの雄叫びが響くのだった。