合法?違法?その模倣
「部長」
「……ん?」
「この前、可変先輩が言ってたんですけど、変装が上手い人がいるって本当ですか」
「……うん?ああ、あいつのことか」
「どんな人なんですか?」
「……まぁ一言でいうなら変人だな」
「は、はぁ」
普通の人はいないの?
今日は、和室に僕を含め3人いる。といっても、特別に何かをしているわけじゃない。僕はラノベを読み、可変先輩は机として微動だにせず、部長は重力に中指を立てている。そんな中、和室の扉がやはり自動に開いた。
「うぃ~す」
やる気の感じられない……というか、脱力感が凄いというべきか。癒し、といえばそんな気もする。そんな声だ。
なんにせよ、この部室に来てから初めて聞く女性の声だ。ちょっとうれしい。おっと、部員かどうかはさておき、まずは挨拶しなきゃ。
「あ、こんにちは」
「ほう、新入生か」
「どうも、初めま……ま!?」
そこには、幼女がいた。どうみても、大学生とは思えない。いや、人間?銀髪で、ケモ耳の生えた幼女とは、これまた……。
……。
「なんじゃ?そう固まって。ははーん、我が美貌に惚れたんじゃろ」
「……」
この話し方といい。テンプレだ!
「……“テンプレ”だってよ」
げ。口に出してないのにこの部長ときたら。やっぱり読心術を会得してるんじゃ。
「テンプレとな。それがいいというのに」
むっとした表情の幼女につつかれる。一挙一動が可愛い。ああ、ああ。
「ご、ごめんなさい」
「いやいや、こんな姿をしているのだから、そう思っても仕方ないじゃろーて」
「は、はぁ」
「わざわざそんな格好選んでるんだから変態でしょ?Foo~!」
「変態に言われたくないの」
机……と化している可変先輩に容赦ない言葉を浴びせる幼女。と、ここで僕は可変先輩に以前言われたことを思い出す。
「あ、もしかして変装が得意なのって」
「うん?ああ、我こそがSF研の変装名人ぞ!」
「おお~」
ここで一つ、気になった。
「当然、その姿も変装ですよね。その、新人類とか品種改良の類とか」
「ぶー、そんな訳ないじゃろ」
ふむふむ。じゃあ姿を自由自在に変えられるとすれば……。
「ロリババアさんは普段はどんな姿をしているんですか」
「ろ、ろりばばあは嫌じゃな……」
「流石に失礼でした……なんと呼べばいいですか」
幼女の変わりに部長が口を開く。
「……みんな“妖狐”って呼んでるな……」
「それもあまり気に食わんがな」
「なんか、イメージ通りですね。ははぁ、その能力で人を化かすと」
「そうじゃ。あ、いや化かすわけでは……いやその……」
目が泳ぎだした。何かあったのだろうか。
「と、とにかく、基本はこの姿じゃ」
「基本?」
「そう。例えば、街に出るなら」
そういうと、メリメリ……という音を立てて、妖狐先輩の身体は伸縮し、形を変えた。可変先輩のそれとは違い、見とれるような変身だ。ものの数秒後。先ほどの幼い体型とは変わって、グラマラスな美女に変貌した。
「す、すごい!まるでモデルだ」
「ウフフ……でしょう?」
こ、声まで美女のテンプレそのものだ!
「でも、目立ちませんか、それ」
「そんなときはこうよ!」
そういった途端、また体型が変わっていく。髪が短くなり、髭が生え始め、巨体……デブ体型に変貌を遂げていく。
「フヒ……ど、どうですかな、ハァハァ……」
「うわぁ……逆に目立ちますよそれ」
絵に描いたようなきもい人間が出来上がった。
「ま、こんなもんかの……」
再び先輩は姿を変えていく。
「ちなみに、さっき基本はその姿って言いましたよね」
「うむ」
ケモ耳幼女体型になった先輩に質問する。
「大学生活もそれなんですか?」
「ハハハ、そうしたいところじゃがな」
笑いながら、妖狐先輩は僕に学生証を見せた。そこにはいかにも“平均的”な男子学生の顔があった。
「さすがに、この姿だとモテモテで困るからのー」
かかかっと笑う妖狐先輩からは、なるほど“妖狐”そう言われるようになるだけの妖しさがあった。
「……」
「?どうしたのじゃ」
「いやぁ、初見から我慢はしてたんですけどね」
「なんじゃ。……その、わきわきした手は……」
「もう無理です。行きますッッ」
もふもふもふもふもふもふ……。
「わっ!?」
「あら^~」
「いや、あら~じゃのうて!ちょっ……部長、なんとか……いねーし!」
もふもふもふもふもふもふもふもふ……。
「おあーーーーっ!」
夕刻の食堂。なんだかんだ妖狐先輩と食事だ。ちなみに姿を現したタイミングで部長も誘ったのだが、「……食べるの面倒だからいい」と断られた。面倒とはなんだ。あの人、普段何を食べてるんだろ?流動食か何かかな?妖狐先輩に聞いてみるか。
「待たせたな……ん、どうしたんじゃ、そんな顔して」
「あ、妖狐先輩。あのですね……あれっ」
学食ではケモ耳ロリババア体型で来るのか。
「いいんですか、その格好で?目立つんじゃないんですか?」
「まぁな。でもここではこの姿がいいのじゃ」
「え?」
「ほれ、そこのレジ打ちがいるじゃろ」
妖狐先輩の指差す方向には確かにレジ打ちがいる。見た感じでは学生のバイトだろう。
「あの人が何か関係するんですか?」
「その通り。あやつはな、まぁそのアレじゃ。性癖に問題があってな」
「うん?」
「ま、早い話しがこの姿でいくと喜んでごまかしてくれるってわけなのじゃ」
「は?」
大学の食堂にもよるが、やろうと思えば無銭飲食ができないわけでもないらしい。しかし、うちの大学に限って、それは不可能となっている。食堂に入ると問答無用でトレイを渡されるのだが、このトレイがレジを通らないとブザーが鳴るそうだ。実際に僕が見たわけでも無いし、噂程度のものだが、まぁ普通ならお金を払うのは当然である。
噂と言えば、過去に無謀にも無銭飲食にトライしたところ焼け死んだとか、このシステムを作ったのはある学生だとか、七不思議めいたものがあって非常に面白い。
とにかく、この大学の食堂での無銭飲食への厳しさはとてつもないものなのだ。それを、なんだ。自分の好みの対象にズルを仕掛けるとは。手討ちにしてくれるわ。
「んー、殺気立ってるところなんじゃが、何か聞きたいことがあったんじゃないかの」
あ、忘れてた。
「部長のことなんですけどね」
「ふむ」
「さっき夕食を誘ったら断られまして」
「そうじゃろな」
「あの人、何食べてるんですかね?あんな生気無い人なかなかいませんよ」
「んー?むむ……我はたまーに一緒に食事をするが」
わお。仲良しなのかな。
「へぇ。で、部長は何を食べるんです?」
「水じゃ」
「まぁ、飲み物はいりますよね。それと?」
「水じゃ」
「ええ。それは聞きましたよ」
「水じゃ」
「ええ、ですから――」
「水じゃ」
先輩がバグった。
「た、食べるといえば先輩は結構食べますね」
部長の話題から帰ることにした。
「うむ。変装にはなかなか体力を使うものでな」
あ、良かった。元に戻った。
体力といえば、同じようによく食べる人がいたな。
「まるで可変先輩みたいですね」
「あやつと一緒にするのは止めろ……なんか嫌じゃ」
「へ?ごめんなさい」
「それと、わざわざ我に“先輩”と言わなくてもよいぞ」
「え、でも」
「我がよいといったのだからいーんじゃ!」
「では、妖狐さんで」
「よい、よい」
「嗚呼……」
「な、なんじゃその手は。いや、ちょっと他の人が見てるじゃおわーっ」
もふもふもふ……。
所変わって同時刻、和室。
「う恩ッ!」
「……なんだよそれ。くしゃみか?」
夕食を断った部長が、机に問いかける。
「そうだよ。風邪引いたかな」
机の返答に対して、今度は和室全体から聞こえる電子音声が語りかける。
「ウツスナヨ。テイウカ、シネ」
「ひどくな~い?というか、絶対うつらないと思うんですけど」
「……うつさなくても死んでいいぞ」
「あのあのあの。生きてえなぁ」
「……一回殺されるくらいで大げさな」
「コレダカラ、ニンゲンハ……」
「マぁ~~~~ッ!!!!!!!」
「……おい、帰って来たぞ」
和室前に気配を感じたのか、部長が和室に語りかける。
「ア、ハイハイ」
和室の扉が自動に開く。
「ただいま」
「戻りました」
「あ、新入生君ちょうど良かったわ。こいつらが俺を殺そうとするんだよ~」
机が僕にSOS。
しかし、「こいつら」といっても他に部長しか見えないのだが。
「はぁ。僕にどうしろっていうんですか?」
「あっダメみたいですね」
「救いはないようじゃのー」
「あああああ!!!!」
可変先輩の絶叫がとどろくSF研の春であった。
時刻は22時。皆帰った。和室には僕と部長しかいない。
「あの、部長ちょっといいですか」
「……なんだ、もう閉めるが……」
「その、妖狐さんのことなんですけど」
「……?」
「あの人の本当の姿ってどんな感じなんですかね?部長知ってます?」
「……いいや」
あれ、じゃあ、今度本人に聞いてみるかな。
「……そのことは本人には聞かないほうがいいぞ」
「えっ、どうしてですか」
「……あいつは、もう自分の元の姿に戻れない」
「え?」
「……本来の姿を覚えていないからな。……年齢も。性別も。何一つ」
「そんなバカな」
「……起こるさ……世の中そうなってるからな……」
どこか遠くを見るような表情で、部長は咳き込むのだった。