歪な想い
私は15の時に旦那様に嫁いできた。旦那様は若くして将校となられたばかりであった。
嫁いできたとはいうものの私達の間には夫婦らしきものは何一つなかった。
「旦那様・・・」
呟く私の声はおそらく旦那様に届いてはいるまい。
ある日偶然部屋の前を通りかかった時に漏れ聞いてしまった言葉。
「わたしが死んだら妻を貰ってくれ」
「わかった」
旦那様と義弟との会話で間違いないだろう。旦那様は私をどうするつもりなのだろう。愛していないのならさっさと離縁すればいい。それだけのこと。
あの日、父様に手を引かれて行った社交界。一瞬だけ目線が交差したのは旦那様ではなかった。つまりはそういうだけのこと。
悲しむ必要はないだろう。なぜなら、私自身の死がもうそこまで来ている事を知っていたからだ。お医者様には余命半年と言われた。治る見込みはもうないとも。これを旦那様には言えなかった。愛していない女を旦那様のお荷物にするわけにはいかない。私は旦那様の枷になるわけにはいかない。
私の死の瞬間はすぐにやってきた。見知らぬ誰か。銃を旦那様に向けているとわかった時私は旦那様の前に躍り出た。ここで私が死ねば旦那様の枷にならないで済むから。
「義姉さん」
義弟の声を聴いた。
その時すぐに私は死ねなかった。死にゆく床の横で旦那様は昔の話をした。
「昔一度だけ社交界であった栗色の髪を持った女性が忘れられなかった」
「私も昔社交界で視線が交差した殿方が忘れられませんの」
私の予想は間違っていた。やはりあの時の殿方は旦那様であった。
それでも、愛を育むだけの時間は残されているまい。
「旦那様、愛しておりました」
伝わったかも定かでない言葉を最後に私の意識は闇に沈んでいった。
願わくは旦那様に幸せが訪れますように
次に意識が浮上したのは旦那様の死の瞬間。
「旦那様」
旦那様が最後の吐息も漏らし私の前に立った。
「迎えに来てくれたのか」
「漸く会えた。一人は退屈でしたもの」
「これからは二人一緒だ。輪廻転生のサイクルが終わるまで一緒にいよう」