冬の塔
いつかあったとある王国、その年の冬はとても長かったのです。
というのも、この国には王様に四人のお姫様がいました。春の姫、夏の姫、秋の姫、そして冬の姫。
四人は順番に、お城の塔に住みました。お姫様が変わると、季節も変わりました。そして、たまに外に出ては自分の季節を楽しんでいました。
しかし、その年は冬のお姫様が塔から出てこなかったのです。
いつまでたっても雪が降り、人々(ひとびと)も家に篭ってしまい、食べ物もなくなってしまいそうでした。
王様は、お姫様を交替させた者に褒美を渡すと国中の人に言いました。
すると、あらゆる人がお城へ詰めかけ、私が交替させて見せましょうと胸を張って塔へ上りました。
国一番の力持ち、国一番の美人、国一番の美男、国一番のお金持ち、国一番の物知り、国一番の働き者。
いろんな人が塔に上っては、肩を落として下りてきました。
次第にお城に人は来なくなり、誰もがお姫様を連れ出すことをあきらめていました。
ある日、お城に一人の若者がやってきました。
若者の名前はロル、いろんな国を訪ね歩いている旅人でついさっきこの国にやってきたのでした。
ロルは、一つ前に訪れた国の兵隊から伝言を預かっていて、吹雪で荷物の到着が遅れていることを王様に伝えました。
王様は、荷物が届くまで食べ物が残るかどうかを心配して顔をしかめていました。それを見たロルは、この国で何があったのかを王様に尋ねました。すると、王様の隣にいた大臣がこれまでのことを話しました。
ロルは話を聞き終わると
「お姫様に会わせてください、交替させることはできませんが、話をしたいのです」
と王様に言いました。
「王様の話すら聞いてくださらないのです、あなたの声に耳を傾けるとは思えません」
と大臣は言いましたが、王様は
「無駄だとは思うが、話したいのなら話すといい。あなたは伝言を伝えてくれた大切な旅人だ、それくらいならば許そう」
と、ロルをお姫様のいる塔へ案内するよう兵士に言いつけました。
ロルは、お辞儀をして王様の部屋を離れると、そのまま塔へと向かいました。
長いらせん階段を上った先に、木で出来た扉がありました。ロルはその前に行くと声をかけました。
「冬のお姫様、僕はロルという者です」
すると、扉の向こうから透き通った声が聞こえてきました。
「誰が来たって同じです、私はここから出ません」
悲しそうに聞こえる美しくか細い声は、冬のお姫様でした。
「僕はお姫様を連れ出そうとは思いません。ただ、なぜ塔に篭ってしまったのかを訊きたいだけなのです」
ロルがそういうと、声はしませんでした。少しして
「そうですか、今までここに来た人たちとは違いますね」
と、さっきよりは少し明るいお姫様の声が聞こえました。
「私のほかにも、春、夏、秋の姫がいます。私はその中でも一番下の妹、そして三人の姫が私のお姉様です。お姉様たちはいつも国中の人から愛されていて、いろんな人と出会っていました。しかし私は愛されていないのです、誰も笑顔を見せず、誰とも出会わないのです。それならば、いっそこの塔に死ぬまでいようと思ったのです」
冬のお姫様は話すうちに、また悲しそうな声になりました。
「春のお姫様は、この塔に来なかったのですか? 春の季節なのだから、春のお姫様が来れば交替しなければいけないでしょう?」
ロルは扉に向かって問いかけました。
「春のお姉様は来ません。今までも交替の時しか来ませんし、今年は一度も来ていません。それにいつも誰も来ません。ほかの季節の時には、どの姫も、誰でも塔に遊びに来るのに。今年は何人かが来ましたが、誰もが自分のために来ているのです」
声はだんだんと震えてきていました。
「冬のお姫様、僕は旅人ですので何もわかりませんが、あなたのことを考えてくれている人は必ずいると思います。たとえ自分のためのように思えても、きっと誰かは、あなたのことを考えてくれていますよ」
ロルは、最後にこう言って塔を出ました。
塔を降りると、すぐに兵士に頼んで春のお姫様に会わせてもらいました。
春のお姫様はお城の中にある自分の部屋にいました。薄い桃色の壁に、柔らかそうなクッション。暖炉の火がパチパチと鳴り、この部屋だけが春のような気がしました。
そしてその部屋の真ん中にある椅子に腰かけていたのが春のお姫様でした。柔らかく軽い桃色と黄緑色のドレスを着て、おっとりとした顔でゆっくりとお茶を飲んでいて、まさに春の庭のようでした。
部屋に入ると、ロルはお辞儀をしてこう言いました。
「春のお姫様、僕はロルという者です。今さっき、冬のお姫様と少しお話をしてきました」
それを聞くと、春のお姫様はびっくりした顔になり、ゆっくりと優しく言いました。
「今まで誰ともしゃべらなかったのに、びっくりです。それで、何と言っていましたか?」
「誰も冬を好きになることはなく、自分だけ嫌われていると言っていました」
ロルがそう話すと、春のお姫様は悲しそうな顔をして一口お茶を飲みました。
「それと、春のお姫様に訊きたいことがあります」
春のお姫様はその言葉を聞くと、またあのおっとりとした顔になってロルのほうを向きました。
「冬のお姫様はこうも言っていました。春のお姫様は交替の時以外塔に来ないと言っていました。遊びにさえも来ないと。なぜ冬の間だけは塔に行かないのですか?」
春のお姫様はそれを聞くと、少しため息をついてから、またゆっくりと優しい声で話し始めました。
「冬の季節は、みんな外に出てきません。私は一番上の姉ですから、そんな冬をずっと見続けてきました。冬の妹がそうやって、悲しそうにしているのも、つらそうにしているのも、羨ましそうにしているのも、すべて見てきました。私が塔に上れば、春になってみんなが私に親しくしてくれます。私が塔を出れば夏になり、みんな外に出るようなります。夏が終わると秋になり、みんながお祭りで楽しく騒ぎます。そうやって私は楽しく過ごしているのに、冬の妹だけが寂しくしているのです。けれども、私は何もしてあげられないのです。私はそれが悔しくて、それで塔には行かないようにしているのです」
春のお姫様の目には、涕があふれてきました。
「なるほど。では、なぜ今年は交替しようとしなかったのですか?」
ロルは優しく問いかけました。春のお姫様は涕を拭くと、こう続けました。
「あの子は今、一人になりたい。そう思っているからです。せめて、私が出来る限りの事はしてあげたいのです」
話し終わった部屋には、暖炉がパチパチと立てている音が響いていました。
「春のお姫様、私は旅人ですので何もできませんが、春のお姫様はいつでも冬のお姫様のそばにいることができます。優しく話をしてください、僕にしてくれたように」
そういって、ロルは部屋を出ました。
ロルはそのままもう一度、王様のところへやってきました。
「王様、この冬を終わらせる方法が一つあります」
王様はびっくりして話を聞いてきました。
「お祭りを開くのです。国中の人を広場やお城に呼んで、冬のお姫様をお祝いするのです。冬で遊び、冬を楽しむ。ほかの季節のお祭りと同じように、行うのです」
これを聞いた王様はさらに驚きましたが、すぐに大臣に、国中で冬のお祭りをするよう言いました。
そして次の日、朝から国中は大騒ぎ。積もった雪の中をパレードが行進、あちこちでは屋台が出ていました。大人は飲めや歌えと大騒ぎ、子供は雪だお祭りだと大はしゃぎ。
ロルはそんな街を楽しく歩いていました。すると、お城のほうから歩いてくる四人の姿が見えました。
柔らかく軽い桃色と黄緑色のドレス、薄くてすっきりした水色と黄色のドレス、大きくて暖かそうな山吹色と赤色のドレス、そして、硬くて透き通っている青色と白色のドレス。四人のお姫様でした。
四人が歩くと、その周りに人が集まってきました。その誰もが、春や夏や秋のお姫様ではなく、冬のお姫様に話しかけるのです。
ロルはお姫様たちの顔を見ました。話とは違い、全員が笑顔でした。その中でも、冬のお姫様はとても笑顔でした。
お祭りの後、分厚い雲が覆っていた空は青空へと変わり、お城からもお姫様が交替したことが知らされました。
ロルはお姫様を交替させたとして王様に呼ばれ、褒美としてなんでも望みを叶えようと言われました。
ロルは何もいらないと答えましたが、王様はしつこく聞いてきました。すると、ロルはこう言いました。
「では、冬のお祭りも毎年行ってください。どの季節が良くて、どの季節が悪いなどありません。すべての季節が等しく美しく、等しく楽しいのですから」
王様はロルと約束しました。ロルはお城から出ると、そのまま次の国を目指して旅を続けました。
それ以来、この国ではどの季節にも毎年お祭りが開かれています。
一つの季節が長くなることも、短くなることもなく、四人のお姫様は楽しく過ごしました。