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【5】何でですか。(家族でしょう……?)




 大空に浮かぶ、島々。その数は無数で、比較的小さなものから町一個ほど大きなものまである。その島々には、大きな家や店らしきもの、樹木、川、畑や田んぼ、神殿などがあり、そして大きな城までもが建てられていた。


 雲の上よりも上空に佇むそれらの中の一つ──華美ながらも気品を感じさせる白亜の城に、城全体を覆う大きな影が落ちた。


 「竜王様のお戻りだ。皆の者、速やかにお迎えせよ!!」


 濃紺のローブを纏い、木造りの杖を持つ長い白髭の老人が覇気のある声を響かせながら城の屋上に姿を現した。

 覇気のある命令に従うべく彼に続いて現れた数十もの人間が、屋上に設けられた金の装飾が施された瑠璃の台座の前で一つの道を作るかのように二つに並び、その場に片膝と拳をつき、項垂れた。

 彼らの頭上に落ちる影がその大きさを増しながら降りてくる。

 その様子を、城を囲む島々で暮らす人々が大人も子供も目を輝かせながら───それも恍惚としながら見ていた。


 「りゅうおうさまのおもどりだっ!!」


 「ああ!あのお美しい見目姿、間近で見てみたいですわ!!!」


 「見ろ!お姿がはっきりと見えるぞ!!」


 様々な色の双眸が一点に集まる。四方から聞こえる大きな歓声に応えるように、その影が実体を現した。


 陽光に照らされ、より一層に艶やかさを増した漆黒の鱗に全身を包まれた巨大な竜。その巨体に相応の太い四肢に付いた爪は家一つは容易く貫けそうだ。鋭い瞳は真紅で、瞳孔は獣のそれだ。銀色の二つの角の一つには、青のバンダナが巻かれている。全てを包み込むように大きな二つの翼を大きく羽ばたかせながら、竜は下降してくる。

 そして竜は黒銀の光を体から発すると、すぐに全身を光が包んだ。


 ──トン、と軽い音が瑠璃の台座の上で鳴った。


 「ただいま〜」


 陽気な声を聞かせたのは、台座の上に降りて来た一人の少年だった。


 「お帰りなさいませ!!」


 恭しく首を垂れながらそう答えた臣下や守備兵達に、十二歳ほどの姿をした少年は笑みを浮かべながら告げた。


 「うん、頭あげてい〜よ」


 緩くそう言った少年は、自身の肩上までの黒髪を指先でいじりながら、幼さを残した真紅の双眸を側に跪く老人に向けた。

 ほら君も、とどこか気怠げに言った少年は長めの前髪を掻き上げる。

 少年の声にみなは立ち上がり、老人は厳かな目尻を下げた。


 「お帰りなさいませ、竜王様」


 その言葉にうん、ただいまと適当に返した少年は、着服していた漆黒のシャツに二重ベルト付きのグレイのズボンというラフな格好を解いた。そして、次の瞬間には──。

 金の繊細な装飾が施された銀色のジュストコールに漆黒のズボン、首には黒銀のチョーカー、そして、赤と金の装飾が縫い付けられた脚首までの長さの黒の片肩マント、少年が纏う物らはすべて竜族の王者の証。


 そう、この少年こそが、五大竜神国第二十四代目“竜王”───ラズヴァイス・クロード・セリスティール。



 ***



 「で?な〜んで、兄さんは五重結界を破壊してこの国から逃げちゃってんの?」


 漆黒と金の意匠が施された一室。

 ───王座の間。

 そこに、無邪気な子供の声が落ちた。その発言主は“王座”に堂々と座る一人の少年──竜王ラズヴァイス。


 「……申し訳ありません。あなたが凱旋なさる前に結界を破られてしまいました。二十四時間体制でフィリアに見張りの番を務めさせていたのですが……彼女は気絶させられていました」


 ラズヴァイスの前に片膝を付け、項垂れる細身の青年はそう答えた。

 彼は五大竜神国騎士団の団長が一人、エリアス・マーヴェル。彼の腰には双剣が装着されており、藍色のトレンチコートを着用している。その格好が似合う美貌と筋肉を揃え持つ青年だが───今は拳を震わせ、冷や汗を隠せずにいた。


 そんな彼の前で王座に座り、脚を組むラズヴァイスは楽しそうに笑みを浮かべているが───その目は、微塵も笑っていない。


 「フィリアって、確か君の妹だよね?なんでその子に見張りの番に就かせていたの?」


 「フィリアは上級魔法を使えます。それも、結界魔法を得意としていて「じゃあ、なんで結界は破られてその子は気絶してたの?」


 別にそのフィリアという女の個人的な説明はいらないと、億劫そうに遮ったラズヴァイスの目には苛立ちが滲んでいた。


 「ボクが推測するには、そのフィリアっていう子が兄さんの美貌に惑わされて自ら結界を解いてその結果、兄さんに気絶させられた───そう考えられるけど」


 「───っ、そんな事はありません!彼女は既婚者です。だから……っ」


 だからそんな愚行は決してしない、勢いのままにそう叫ぼうとしたエリアスだったが、その言葉を口にする事はできなかった。

 咄嗟に顔を上げたエリアスの青の目が見開かれる。全身が金縛りにあったかのように固まり、体を巡っているはずの血が抜けるような感覚を味わった。


 ───目の前の絶対的な覇者から放たれる殺気。


 人間、魔獣、そして他の竜神族さえ圧倒する力を持つ、幼い姿をした竜王───彼よりも年長であり、五大竜神国でも三本の指に入るほどの猛者なのに、自分よりもずっと年下の少年竜王に恐怖を覚えた。


 その醸し出されるものからでも分かる、圧倒的な力の差。


 喉が押し潰されそうだ。


 「正直、兄さんがここから逃げるまでの経過なんてどうでもいい。問題はその後だ」


 とても、少年とは思えない低い声が空間を支配した。

 竜王の真紅の双眸が細められる。


 「───あの森に張られていた二重結界が外部から消された」


 「──っ、なんと……っ!!」


 顔面蒼白になったエリアスに構わず、ラズヴァイスは闇を宿した目を背後の大きな窓へと移した。

 窓に右手の指先を当て、口許に弧を描いた少年竜王にエリアスは息を呑む。


 「それがどういうことか、君なら分かるよね。───はあ、君には失望したよ……」


 「り、りゅうお────」


 その叫びが最後まで発されることはなかった。

 ラズヴァイスが指を鳴らした瞬間、エリアスの足元を中心に巨大な黒い陣が轢かれ、そこから雷撃が放たれた。

 悲鳴を上げさせず、呆気なく彼を────殺した。


 赤黒い死骸と化したものを一瞥することもなく、ラズヴァイスは窓越しに広がる自国ではなく、遠くの“何か”を見るような眼差しをしていた。

 そんな彼の形の良い唇に刻まれているのはやはり、笑みだ。


 「ボクを出し抜いてもだめだよ?彼女はボクのものだからね。────エルガレス兄さん」


 彼を脳裏に浮かべると同時に、自分の胸裏に暗みを帯びた甘い疼きと共に、ある少女を思い起こした。


 そう。あの、一途に薬学へ情熱を向ける彼女を──




 ***




 ビクッ、と体が跳ねました。

 それと同時に、背後から言いようのできない──何か狂気的なものを感じたのです。


 こんな状況というのに、私はその感覚の正体が気になってしまいました。


 そう、こんな状況で────


 「って、ほんと何でこんな事になっているんですかーーっ!!!?」


 私の絶叫さえ呑み込んでしまうような森中に響く騒音、いえ、もはや轟音と言わざるを得ない凄まじい爆発音が四方八方で起こり、私は耳を塞ぐことくらいしかできませんでした。

 そんな私を抱えるのは、人間姿のエルガレスさん。なぜ私が彼の右腕に縦抱きで抱えられているかというと───


 「あなた達もやめて下さい!!ここは私たちだけの森じゃないんですよ!?ねえ、ルア、ライっ!!!」


 目端に大きな雫を浮かべたまま、怒りと悲しみを孕んだ叫びを向けた先には、


 大好きな幼なじみであり家族である、双子の兄弟。


 ルアとライ。


 彼らは、エルガレスさんの口から衝撃的な発言が放たれると突然、彼に襲いかかったのです。

 私と一緒に慈しんできたはずのこの森を巻き込んで、彼らは容赦なく本気の攻撃を持ちかけてきました。

 呆然とするしかなかった私を抱き込んだエルガレスさんが宙に浮かぶと、二人も彼を追いかけ、全力の魔術を展開し、激しい斬撃を飛ばした……その時、ルアとライの綺麗な目に浮かんでいたのは。


 「どうしてですか!?どうして、ずっと私を騙していたんですか。そんなに、そんなに私のことが嫌いだったんですか!?」


 止まらない。

 涙が。

 止まらない。

 感情が。


 止まらない。

 止まらない。

 止まらない。


 ああ。

 森と薬草の緑。

 小川と空の青。

 花と陽光の黄。

 土と樹木の茶。

 

 そして、かわいい白とかっこいい黒。


 私の世界を彩っていたものたちが色褪せていく。壊れていく。消えていく。消されていく。


 でも、いいのではないでしょうか。


 所詮、それらは偽りの世界だったのですから。


 そうでしょう?


 ルア、ライ。


 「………嫌いなわけ、ないに決まってる」


 ポツリ、と聞こえた声。

 それは大好きな人のもの。両親を幼くして亡くした私をずっと支えてくれた人のもの。


 ライ。


 灰色の雲が上空に集い、燃える森に浄化の涙が落ちる。


 私は赤く腫れた目を凝らしながら、すっかり遠くなってしまったルアとライを見ます。


 息を呑んでしまいました。


 ────ライが、泣いている。


 いつも、決して弱音を見せず私をその大きな心で包み込んでくれた頼れる彼が。


 ライが感情を爆発させるように口を開けました。


 「嫌いなわけないだろ……っ!!お前は大切な幼なじみ、いや、俺の何よりも大事な家族だ!俺の妹のような存在なんだ!!俺の、俺の……っ」


 幼なじみ。

 家族。

 妹。


 大切な大切な。


 「ライ……っ!!」


 彼の必死の叫びが届きました。

 ほんとうにアナスタシアが大事だという叫びが。


 ああ、私は本当に彼らに弱い。


 彼らはべつに私を騙したわけじゃなかったのですね?きっと、どうしても私に内緒で結界を張らなくてはならない理由が───


 その淡い希望は()によってかき消されるなんて。


 誰が思ったでしょうか。


 「───嫌いだよ。僕は」


 冷たい風に靡く白の髪。

 

 「嫌いだよ、僕は」


 アナスタシア────君が。





 大好きなルアが暗く笑っている。


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