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【3】看病します。(変態さんはお断りのはず…?)


 「いい加減にしてくれないかな?」


 突然、至近距離から暗いオーラを纏った声があがった。ーールアのものです。

 彼は私を抱きしめる竜さんの腕を掴み、そのまま締め上げる。


 「急に現れたと思ったら、初対面のアナスタシアに無理矢理花嫁宣言とか何様のつもり?それに、突然女性を抱き締めるとか変態の領域だよ。ーー彼女を離してもらおうか」


 低い声を放ち、金の双眸を怪しく細めたルアーー。

 こんなルアを見るのは久しぶりです。過去に、私がルアと一緒にとある町に赴いた時、私が酔っ払った屈強な男の人に暴力を振るわれそうになった際に、ルアが普段は柔和な目を鋭くさせ、とても逞しいとは言えない細い腕で相手の首を捻り上げたことは、今でも色強く覚えています。


 あんなに怒ったルアは初めてだったから。


 そして今、あの時と同じ様な雰囲気を纏っているルアは、この世の何よりも恐ろしく見えてしまいました。


 「……うるさい。消すぞ?」


 ルアの手を振り払った竜さんーー青年がその手に何か黒い光弾のような物を生み出そうとしていました。

 ーーけれど。


 「馬鹿ですかーーーーっ!!!!??」


 バシッと私の渾身の一撃が、光弾を生み出そうとしていた青年の手を叩き落しました。それはもう、凄まじい勢いで。青年が衝撃に打たれた様な顔になる威力で。

 青年の腕の中をやっとの思いで脱出すると、私はルアとライの方へ走り、私の突然の行動に驚いたのか目を丸くさせていたルアの腕の中へと逃げ込みました。そして、迷うことなく私の大切な人を殺そうとした青年に向かって眉を吊り上げ、ビシッと指差しました。


 「いい加減にして下さい!!これ以上ルアとライに危害を加えるのなら、血は止まっているとはいえ、残っている傷の手当はしませんよっ!?」


 圧倒的な力を持つことで知れ渡っている竜さんを相手に若干恐怖を覚えながらもそう警告すると、我を取り戻した青年は微かに微笑んで告げました。


 「いや、だから俺には手当ては必要ない。竜族はそんなに柔じゃないからな。それより、お前は俺のーー」


 言葉の途中で、ドサッと青年の体がその場に崩れ落ちました。

 ーーしばしの沈黙。


 私達三人は声を揃えました。



 「「「は?」」」


 

 ***



 「……こんな奴、ほっとけばよかったのに」


 不服そうな声がルアから上がると、すっかり冷めてしまった料理を温め直すライにも頷かれました。


 「そうだよ、俺はこいつの分まで料理を作ったりはしないからな」


 珍しいです。基本誰にも優しく温厚なライまでもがこんなに顔を顰めて嫌悪感も露わに他人を拒絶するなんて。

 そんなライと、木製の丸い椅子に座る私の横で腕を組んで壁に背を預けるルアに苦笑しながら私は、目の前のシングルベッドで熟睡している人ーー人型の竜さんの額に水に濡らしたタオルを置きます。


 「確かに、私もこんな変態じみた人は嫌ですけど、体調不良で倒れた人を見過ごすのは薬学師を目指す私にとっては許されないことですから。今回は妥協に過ぎませんよ」


 そう言い切った私でしたが、ルアとライは溜息。


 「はあ……ほんと、無自覚のお人好しだね」


 二人はうんうん、と呆れた様に頷き合ってるけど、私はスルー……ではなく、熱を出した竜さんの看病に夢中になっていました。

 ーー少し前に、ルアとライの二人と険悪そのもののだった竜さんは突然倒れ、薬学師を目指す者としての性なのか、ルアの腕の中から飛び出し、彼に慌てて駆け寄ったのですが、呼吸は荒く、そしてひどい熱を発していたのです。先刻抱きしめられた時は常温でしたから驚いたものです。一瞬にして体温が上昇するなどこれまでに例がありません。


 「とりあえず、私達の家まで運んだのはよかったのですけど……回復の兆しが見られないですね」


 解熱の薬草も食べさせ、強制的に寝かせる薬も打ちましたが……ちっとも顔色がよくなっていません。

 薬を服用させてから、かなりの時間が経つというのにです。


 「……私はまだ未熟ですね」


 自嘲気味に嗤ってしまいました。

 両親を流行り病で亡くしてしまったから薬学師になる道を選んだというのに、たった一人を助けれないなんて……なにが、薬学師の卵なんでしょう。

 知らず、目尻には涙が浮かんでいました。けれども、それを拭う元気さえ無くて……。


 「アナスタシア」


 「え…ーーっ!?」


 突然、口内の中に甘酸っぱい味が広がりました。瞠目していると、ルアが顔を覗かせてきました。口許は柔らかく弧を描いており、神秘的な金の双眸には優しい光がありました。


 「アナスタシア、君が気を病む必要はないよ。竜族と関わりがない君が竜族の事で戸惑うのは仕方ないよ。だから、ほら。これでも食べて元気出しな」


 座したままの私の前で片膝を着けてそう言う彼の手の中には、綺麗に剥かれた桃色の果実ーーアルアナの実。私の大好物です。そして、私の口の中に広がっているこの味はーーアルアナの物。


 「……ありがとう、です」


 「うん」


 大好きな味と、ルアの優しい気遣いに微笑むと、彼に頭をくしゃりと撫でられました。そして彼は、立ち上がって、解熱剤になる薬草を取ってくると言い、ライに何かを呟くと、部屋から出て行きました。

 代わりに近寄ってきたライが、ルアが出て行った扉を意味深に一瞥しながら苦笑すると、私にチェリーパイを差し出してきました。いつもなら、チェリーパイを作る材料が貴重な物なので一人一個のはずなのに、今日はーー二つ。


 「ルアがアナスタシアに、って。あいつ、お前に負けないくらいこれ、好きなのになぁ。今日は一体どうしたんだか」


 「え……」


 ルアが、私に……?

 目を瞬かせていると、なぜかライが楽しそうに笑い出しました。


 「あいつ、アナスタシア限定の気遣いは出来るのに、肝心な言葉を言ってないからなぁ。焦れったいぞ」


 よく、ライの言葉の意味が理解出来ませんが、ありがたく二つのチェリーパイを頂戴し、心の中で、ここからいなくなったルアに感謝の言葉を言いました。



 ***



 ーー鳥の囀りも聞こえなくなった深夜。

 森の中に存在する唯一の小さな家。その入り口が静かに開かれた。帰還した男は、真っ先にある一室へ向かった。その部屋の扉を音を立てずに開き、男は、穏やかな寝息が聞こえる部屋の中へ足を踏み入れた。


 闇の中でも光る金の双眸が向けられたのは……一人の少女。


 「……よく、眠ってる」


 少女は椅子に座ったままで自身の両腕を枕に看病していた男が眠っていた寝台で熟睡している。そんな様子に安堵の息を零すと、一人の男がいないことに気がつく。途端、何かが動く気配が伝わり、細めた双眸を気配がある方へ向けるとーー。


 「気配が大きくなるまで気付かないなど、お前はアナスタシアのことしか眼中にないようだな。ふ、熱烈だな」


 「お前はーー」


 近くで聞き覚えのある声がしたと思うと、瞬時に氷の刃を創り出していた。そんな彼に、小さく低い笑い声が落ちた。


 「先刻、お前と再会(・・した際にも思ったが、お前は変わってないな。好戦的なところも」


 愉しそうにする男ーーアナスタシアが竜さん、と呼ぶ先ほどまで寝たきりだった竜族の男の言葉に、ルアは殺気を放った。


 「アナスタシアの前では決して僕達の過去には触れるな。触れたらーー殺すぞ」


 「ふ、無謀なことを。お前ごときに俺を殺せるわけがないだろ」


 竜族の男は魔性とも言える端正な顔で嘲り笑い、血のような目を細める。刹那、音も無くルアが創り出した氷の刃を向けが溶けた。


 「どうやらお前は、アナスタシアにあらぬ感情を抱いているようだが、こいつは俺のものだ。諦めるんだな。ーー消されたくなければ、な」


 「ーーっ、竜族の落ちこぼれが何を言い出すかと思えば。アナスタシアは誰のものでもない。彼女を勝手に束縛するな」


 決してアナスタシアには見せない “ 闇の世界の者 ”としての姿を取り始めたルアに、竜族の男は嘲笑を刻んだまま言った。


 「ここにはこいつがいる。騒ぐとお前の大事なアナスタシアが起きるぞ?今日は止めておくんだな」


 「……………」


 闇の瘴気を纏い始めていたルアだったが、男の言葉に舌打ちを漏らすと、瘴気を消し去った。そして、変わらず穏やかな寝息を立てて眠るアナスタシアを起こさないように抱き上げ、扉に向かって歩き出す。


 「ーーアナスタシアはお前なんかの“ 花嫁 ”じゃない。【竜冠】は必ず僕が彼女の体から取り除く。覚えておけ」


 殺気を放ちながらそう宣言してルアは部屋を後にした。


 一人、部屋に残った男は口許に弧を描いた。


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