想いを込めて
ずぅぅん ずぅぅん
山が呻く
みききききぃ めききききぃ
山が泣く
人々は、最近、酷く木を切るようになった。
山の端に、大きな砦のようなものをつくり、ひがな、大きな火を焚いている。
夜には、砦が明々とひかり、まるで、太陽の寝所のようにも見えた。
ばさばさと大きな羽音とともに姿を現した黒い鳥は、ちょこねんと笛吹きの肩に留まった。
「おぉ。烏殿。お久しぶりだ。」
「笛吹き殿。何をしておいでか?」
「いや、あんなに木を切って、あんなに木を燃やして、人は何をしているのかと見ていたのだ。黒狗たちが北へ渡っていて本当に良かった。こんな、ありさまを見たら、烈火のごとく怒りだし、黒い疾風のごとく、人々を襲ったろうから。」
烏は同意するように、くわぁと一声鳴いた。
「あれは、鉄を溶かすための火です。」
「鉄?」
「えぇ。何でも砕ける非常に硬い石です。剣や斧、鍬や犂につけて、使うのだとか。」
「ふぅん。人は、いろいろと良く見つけてくるものだ。で、その鉄とやらを作るのに木は後どのくらい必要なんだ。」
「そりゃもう沢山。この山の木を切りつくしても足りませんよ。」
烏の言葉に、笛吹きは驚いた顔をする。
「山神様の木も、切り倒すと言うのか。」
烏はこくりと頷いた。
「今日明日とは言いませんが、この勢いであればいずれ。おっとっと、どうされました、笛吹きどの?」
烏は、ぱっと身をひるがえし駆け出した笛吹きの肩から飛び降ると、大きな羽ではばたいて、笛吹きの背中を追った。
「山神様の木だけはお守りせねば!」
「守るですと。あなた一人で何ができる?」
「笛がある。想いを込めて吹いた笛の音には力が宿ると、山神様は仰ったのだ!」
烏は笛吹きの背中を追うのをやめると、太い枝にとまりなおした。そして、くわぁと一声鳴く。笛吹きの背中を追う目は、つるりと黒く賢く光る。烏は誰にともなく、呟くように言った。
「たかが、笛の音にどれ程の力があろうと言うのか。盲目に、信じる心は清らかなれど、いっそ愚かで、憐れみをさそう。罪なのは、人なのか。あるいは、それを信じ込ませた山神なのか。」
「ただ、息を吹き込むだけではいけないよ。」
すぅすぅと、ちっとも音にならない笛に、苛立ちを隠せない、笛吹きの手から、山神は笛をとりあげると言った。
「想い込めて笛を吹くのだ。」
「想い?」
山神は、頷くと笛を口に当て、息を吹き込む。高い柔らかな音色が風に溶ける。
「そら、どうだい?鳴っただろう?」
「山神様はどのような想いを込めて吹いてるのですか?」
笛吹きの言葉に山神は顎に手を当てると考え込んだ末に言った。
「そうだなぁ。愉快であれと。この山が健やかに、楽しくあれと。」
「だから、山神様の笛の音は、いつも楽しいのでございますね。」
子供は、山神から笛を受け取ると、しばし目を閉じて難しい顔をしてから、ふぅぃと息を吹き込んだ。
ひぃすぅぅぅ ひぃぃすぅぅぅ
なんとも情けない笛の音に、山神様も、まわりにいた森の生獣たちも、くくくと肩を震わせると、ついに大きな声で笑い出した。
「あはははは。」
「わはははは。」
子供は、皆の笑い声に晴れやかな顔をする。
「本当だ!楽しくあれ、と思うて吹いたら、音が出たばかりか、皆が笑った。」
「そのとおりだ。笛の音には力がある。想いを込めて吹けば、笛の音は力になるのだ。」
笛吹き童子は頷くと、もう一度笛に息を吹き込んだ。
すひぃぃぃ ひぃぃすぅぅぅ すひゃ すひぃぃぃ ひぃぃすぅぅぅ
情けない笛の音と、皆の笑いが山にこだます。楽し、愉快が森を包む。
想いを込めて笛を吹けば、その音は力を持つ。
楽し、愉快であれと、想いを込めて吹いてきた。ならば、今は、守りたまえと想いを込めよう。
山神様の木を、切らないでくれと想いを込めよう。
笛吹きは山神の木の元に座り込むと、笛に息を吹き込んだ。
ひぃぃぃ ひりぃ ひぃぃぃ ひりりぃ
ひぃぃ ひぃぃぃ ひりりぃぃ ひぃぃ
聞いてくれ。聞いてくれ。
誰かわからぬが、聞いてくれ。この音が届いたならば、聞いてくれ。
この木を、この木だけは、守りたいのだ。