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「みずき…ミズキ…いやだっ」
「アキ。生きるの。何が何だって、生きるの。」
アオイが走りながら言う。
とはいえ、体力はもう限界で、アオイは泣きそうだった。
「……!……アキ。ヒナ連れて、先に、行ってて。」
アオイが懐から長い棒をだしながら言う。
肩で息をしながら、後方を睨んだ。
「…なんで?アオイも、どっか行っちゃうの?」
「アキ。これ、絶対無くしちゃダメだよ。」
そう言いながらアオイは自分の首にかけてあるネックレスを出した。
水色の長細い石を、赤い2つの丸い石が囲んだデザインになっていた。
アキが物心ついたころから首にあった物だ。
「家族の証。これがある限り、私達は繋がっている」
「…アオイ」
「いいかい。アキ。ヒナと、幸せになるんだ。アキとヒナにはその権利がある。
いつか、自分の事を愛してくれる仲間が絶対この世界のどこかにいる。
なにがあっても自分の味方で居てくれる仲間が。
その仲間を見付けて。
その仲間と生きて。」
「アオイ、アオイ。」
「大丈夫。アキは一人じゃない。ヒナを頼んだよ。」
アオイもまた、微笑んだ。
アキはヒナをアオイから受け取る。まだ小さくて暖かい、生命の塊はすやすやと眠っていた。
「アオイ、アオイ。絶対、ヒナ守るから。だから生きて。絶対、絶対ね。」
アキが泣きそうな声で言う。
「ーーー行きなさい!」
アオイが叫んだ。
弾かれたようにアキが走り出す。
アオイは、アキとミズキに出会った頃を思い出した。
『ーーー君も、一人?』
サクジンに、街を荒らされた後だった。サクジンに荒らされる前、アオイは無法者で、知らない男に路地に呼び出された最中だった。確か、死に物狂いで逃げたんだっけ。黒のコートはボロボロだった。
『…みたい、だね。どうでもいいや。その子は?』
ボロボロの白衣に身を包んだミズキの腕に赤ちゃんがいる事に気がついた。すやすやと眠っている。
『…知らない。途中で拾ったんだ。』
『そうか。一緒だね。』
私とその子、とアオイが笑う。
その日から、なんとなく。
三人で、生きてきた。
「この棒も、久しぶりだな…」
愛用の折り畳み式の棒を強く握る。
絶対…絶対、あの子達の所へ行かせはしない。
近くの草むらに身を潜めた。
ーーーーーー
「ーーはぁっ!はっ…」
どれくらい、走っただろう。
アオイとミズキは、相当大健闘したのだろう。
15人ぐらいいた大人はいつしか1人だった。
もはや体力などとっくに限界で、横腹と肺が痛い。
(闘うしか、ない)
アキは近くの納屋にヒナを隠し、自身は木の陰に隠れた。
「クソガキ!いるのはわかってんだ。出てこい。」
心臓が、ドクドクする。
必死に気配を消していた。
体が震えるのを必死に抑えた。
(怖い)
(怖い…!)
ドンッ!という激しい音と共に男の叫び声が聞こえた。
かかった。今だ。
この近くに昔ミズキとの模擬戦で掘っておいた落とし穴で男が暴れていた。
「~~~っ!」
ヒナを抱き上げると、褐色のビンを懐から取り出し、男に投げつけた。
「…!まさか、このクソガキっ…!!」
投げつけた箇所から発火する。
その穴は蟻地獄のような仕組みになっており、暴れれば暴れる程沈む。
『のうりゅうさん?』
『そ。濃硫酸。僕がもう使うことはないだろうからあげるよ。使わない時はこのビンに絶対入れといて。
そいつは光にあてると燃えるんだ』
『ふぉー!ぼぉーって!?』
『うん。ただ、危険物なんだ。だからお前を傷つけようとする人以外には絶対投げたりしちゃだめだよ』
『わーった!』
ミズキがくれた褐色のビンはあと2つ。
走った。
靴がすれても、肺が悲鳴を上げても。
走って、走って、走った。
生きる為に。
ヒナと。
二人で。
「……これが、アキの過去だ。」