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「アキ!ほら、顔洗って。」
綺麗な水色の瞳で水色の髪をした女性が言う。
「んー…」
「ほら顔洗いに行くよ。今日のご飯はグラタンだって。」
赤髪の青年がタオルをアキに被せた。
「!ぐらたん!食べるっ!はやく行こ!ミズキ!」
アキは目を輝かせ、赤髪の青年の手を引っ張りながら水場へ向かう。
その様子を水色の瞳の女性が微笑みながら見ていた。
「はやくでてこないかなー?」
「んっ?何が?」
「あかさんっ!」
「あかちゃん。」
「あかちゃ…あかさん!」
「…まあいいけど。」
青年が苦笑いをしながら顔を洗う。
アキと青年が戻ると木机の上にはほかほかのグラタンが並んでいた。
「わー!たべる!たべる!」
「アキ。暴れない。席着きなさい。」
「まあまあ。アキはグラタンが世界一大好きなんだよね。だから仕方ないと思うよ」
水色の瞳の女性がなだめる。
この水色の女性の名前は結城 蒼生。
赤髪は酒井 水希。
アキーー霧島 暁の名字は、無かった。
アキが物心ついたころから既にこの三人でいた。
血の繋がりはない。増してやミズキとアオイ、アキは知り合いだったと言う訳では無かった。
ただ、5年前ーー
"消された一年"の時に三人は出会ったのだった。
「ねーねー!アオイ!あかさんいつ出てくるの」
「んー?そうだなぁ…。もうちょっとかな?」
「はやくでてくるといいねぇ…」
アキはアオイの大きい腹を眺めた。
「アオイがおかあさんでー。ミズキがおとうさん!このこしあわせだね!」
ね!と笑いかけるアキにミズキは少し複雑そうな顔をした。
アキに両親はいない。
だからたまに、ごくたまに甘えてくる。
アキは、強くて、優しい。
6歳にしてはアキは思考力に長けていた。
「ーーアキ。僕はアキのお父さんでもあるんだよ!」
「えー…キモチワルイ」
「なんだとっ!」
アキをくすぐるときゃはははっと声を上げる。
「……アキ。ご飯食べたら魚つるよ!」
「ぬるぬる!ぬるぬるつる!」
アキには、血が繋がっていなくたって、自分に両親がいなくたって。
この二人が自分を愛してくれている。それだけで幸せだった。
ーーー数ヶ月後。
「アオイー!ヒナ泣いてるよ。」
「あらあら。なんでだろ?」
そう言いながらアオイがヒナを抱き上げる。
「かなしーことあったんじゃない?」
「そうなのかなぁ。」
よしよししながらアオイが不思議そうに言う。
生まれた子は女の子で、アキがかわいー!雛みたい!と言った事からヒナと名付けられた。
「……なんだろ。なんか、胸がきゅーっとする。」
生まれてから初めての脳からの警告に、アキは不安を覚えた。
「アオイ!アキ!ヒナ!」
ミズキがかなり焦った表情で肩から血を流しながら走ってきた。
「ミズキ!どうしたの?」
アオイがヒナを抱きながら叫ぶ。確か、ミズキは食糧を買いに山を降りていた筈だった。
「……図られた。研究所の件、全部俺の責任にされた。」
「……なっ!」
アキには二人が何を言っているかちんぷんかんぷんだった。
だが、アオイの顔色が変わるのを見て緊急事態である事はわかった。
「それどころか、僕に子供がいるとバレた。年齢までは特定されてないけど…
アオイ、よく聞け。
僕はここで足止めをする。君たちは…逃げて。アキとヒナは死守して。」
「何で…?生きようよ!あの時決めたじゃないか。3人で…4人で生きようって。」
アオイが珍しく声を張り上げる。
訳が分からない内容の会話に、アキは泣きそうだった。
「…それよりも、僕は君達の方が大事だ。
僕はあの時とっくに死んでた筈だった。というか、死のうと思った。
僕は持っている知識を全てアキに叩き込んだ。
君達との時間は、幸せだったよ。」
「いやだ。ミズキ!」
耐えきれず、ミズキがどこかへ行く気だというのを察知してアキが叫んだ。
「…アキ。これから、辛くて、悲しくて、死んでしまいたいと思う事があるかもしれない。
立ち直れないような悲しみに飲み込まれる事があるかもしれない。
でもな、そんな時は楽しかった時の事を思い出すんだ。
釣りにいったり、ヒナが生まれたり…三人で、暮らしていた時の事。
どんなに辛くたって、必ず僕がそばにいるから」
「…本気なのか?ミズキ。」
アオイの声が震える。
「…アオイ、アキ、ヒナ。生きろ。例え三人バラバラになったって、何だっていい。
どんな悪事に手を染めても、世間から迫害されても。
絶対に、生きろ。強く、強く。」
「…ミズ……キ」
アキが涙を流した。
怒声が聞こえる。
ーー見つかった。
「…愛してる。」
そう呟き、アオイとアキの額にキスをして、ヒナごと三人を抱きしめて微笑んだ。
「行け!生きろ!」
その叫びと共にアオイはヒナを抱きしめ、アキの手を引いた。