意外な再会
私は一人、駅を出た。
私の家は駅から徒歩で15分ほど。
夕刻ともなると、駅から自分たちの家に向かう人の流れが多くなる。そんな流れから外れて、駅前の本屋さんの中に私は入って行った。
大きなチェーンの本屋さんではなく、「望月書店」と言う個人名の書店で、一週間に数回は立ち寄る私の愛用のお店。
お店の中は本が並ぶ棚が四列ほどしかない。お客さんはと言うと、帰宅の時間と言う事もあってか、中心は高校生で見える範囲には10人ほどがいた。
お店を入ったところにある新刊コーナー。そこに今日のお目当ての本、甲一さんの「Doo」がある事を確かめると、他のお客さんの間を縫って、棚に並ぶ本に目を向けながら、奥に進んで行った。
入ったところから月刊誌、趣味の本、バンドスコア、文庫本が並んでいる。
奥まで突き当たって、隣の棚を見ながら、新刊書のコーナーを目指す。
特に興味のあるものが見当たらなかったので、「Doo」を手に、レジに向かった。
レジに本を置くと、鞄の中に手を突っ込んで財布を探した。
「やあ。君って、本好きみたいだね」
その声に顔を上げると、レジに立っている男の子が微笑んでいた。
二重のまぶたに、長めのブラウンの髪。見た目はかっこいい。でも、常識がない。
「ここ本屋さんですよね? 本買うの当り前じゃないですか。
そもそも、私、お客さんなんですけど、なれなれし過ぎないですか?」
私はちょっと睨み付け気味で、不満を訴えた。
「あは。もしかして、俺が誰だか分かっていない?」
「はい?」
その口ぶり。私と知り合いと言わんばかり。私が記憶の中をまさぐって、この人物の顔を記憶の中のデータと照合する。
最近のデータでは照合できない。
小さな頃の知り合い?
遡ったデータと照合してみたけど、やはり該当無し。
「あのう、人違いじゃないでしょうか?」
私は自分の答えに自信があった。
この人の思い違い。
あるいは新手のナンパ?
私はかわいいキャラじゃないけど、見た目だけなら、そこそこかも知れない、と言う気も無い訳ではない。過去にも声をかけられたことは、何度かある。
しかし、客に声をかけたのだとしたら、このお店のレベルも分かると言うもの。今まで、贔屓にしていたけど、もう縁切りだ。
「何言ってるの? 君、焼きそばコロッケパンの子だろ?」
その言葉で、私の顔は真っ赤になった。
その呼び名は恥ずかしすぎる。
すると、この人は? そう思ってもう一度、顔を確認してみた。
あの時していた眼鏡を頭の中で、思い描き、目の前の男の子の顔に合成してみる。
間違いない。あの時の将之と言う人だ。
「そ、そ、その呼び方、止めてもらえませんでしょうか」
「ねぇ。だったら、名前教えてくれない?」
「藤原まどか」
「まどかちゃんかぁ。かわいい名前だ」
男の人に、まどかちゃんと呼ばれて、何だか頭の中がオーバーヒートしている気がする。どう反応していいのか、全く分からない。
「だいたい、何をしてるんですか? こんなところで。
うちの学校、バイト禁止ですよ。校則違反です」
風紀委員でもなんでもないのに、そう言って睨みつけてしまった。
「いやあ。バイトじゃないんだよね。
ここはうちの家でさあ。
この時間に入るはずだったバイトの子が体調崩して休んじゃったんだよね。急だったので、代わりの子を用意できなかったので、俺が手伝ってるんだ。
だったら、いいでしょ? 家の手伝いなんだから」
「そ、そ、そうですね。そんな事より、早くしてもらえませんか?」
「でも、まだお金もらってないし」
私は気が動転していたようで、財布を探そうと鞄の中に入れた手は止まってしまっていた。
恥ずかしい。
完全に思考が停止状態。自分でも何が何だか分からない。
体中が熱い気がする。
「ごめんなさい」
頭を下げながら、お金を差し出した。
「1000円、お預かりします。
320円のお返しです」
将之さんが差し出す手に、私はおつりを受け取ろうと、手を近づけた。
お昼の手が触れ合った光景が頭の中に甦り、ますます体中がほてってきた気がした。
私は買った本とお釣りを受け取ると、逃げ出すように、お店を出て家に向かった。